第4話 オカルト少女
「気持ちと感情の違いって、たぶん考えれば分かることだと思うんだよ。気持ちは、感じたことであって、感情は、今まさに感じていることだろう? だから、現在進行形の感情というのは、抑えが利かない場合がある気持ちのように、考えたということが前提であるのであれば、そこから、一拍置くこともできるからな。だけど、問題なのは、そこではない。今自分が、感情で動いているのか、それとも、気持ちで動いているかということなんだ。だから、感情的というと、考えもなしにということになるのだが、それも当たり前、考える前に行動しようとするんだから、いわゆる感情的になったとしても、それは無理もないことさ」
と先輩は言った。
「ああ、なるほど、考えるということは、感情の後にあるということですね。言われてみると、感情的になるということも一緒に考えれば分かるような気がしてきました」
というと、
「だけどな、感情的になっている時でも、意外と人間というのは考えているものなんだよ。行動しながら考えているだけで、だから、考えながら、自分の行動を客観的に見ているさ。だからね、場合によっては、行動している自分を抑えることができないと思うと、その行動をいかに正当化しようと考えるから、言い訳を考えてしまう。だから、感情的になっても、結構、人間はすぐに我に返れたりするだろう? それは、言い訳を考えているからなんだ。だけど、たいていの場合、言い訳が思いつかないから、我に返るしかないんだ。けど、我に返る方が言い訳を考えるよりも、よほどいいように見えるだろう? それも、我に返る人の方が圧倒的に多いからではないかと俺は思うんだ。だから、我に返る多数派を皆正しいということにして、正当化しようとする。そうやって考えれば、人間というのは、正当化を考える動物なんだと思わないかい?」
と先輩はいうのだった。
何とも先輩の言葉には重みがある。平然と当たり前のことを言っているように聞こえるが、言っていることは、理路整然としている。そうでなければ、この話は唐突すぎて、簡単に理解できることではないだろう。
それを理解できるのだから、それだけ話の辻褄が合っていて、しかも、説得力があることの証明だといえるだろう。
「なるほど、心理というものを、科学的に、そして時系列で捉えているという感覚でいいんでしょうか?」
と聞くと、
「そうだな、難しいことは分からないけど、俺の場合は、何かを出てきた結論から、さかのぼるような考え方をすることが多いかな? だから、こういう理屈になるのであって、一度さかのぼった考え方で出てきた自分なりの結論を、今度は人に話す時は、時系列という形で話すので、自分が考えた過程とは違った形のものを披露する形になるので、聞いている方は混乱しないだろうかって思うんだ」
と先輩がいうので、
「そんなことはないですよ。僕は先輩の言っている話、よく分かります。しかも、先輩の考え方を聞いてみると、今度は新鮮に感じるんですよ。考え方を知らずに聞いていたとすれば、その考えを勝手に理解した自分の思いと、先輩が出した結論の矛盾を、きっと探そうとすると思うんですよね。そして矛盾がなければ、それが真実だって考えるんだって思うんです」
と、マサトはいうのだった。
「ただ、俺は、本能と理性というものも、一緒に考えたりするんだ。お前は本能と理性についてどう考える?」
と聞かれて、
「本能というと、自分の感じたことを考えることをする前に動いてしまうことで、理性とは、本能で感じたことを、動く前に考えるその抑えのようなものではないかと思うんですよ」
というと、
「なるほど、だけど、さっきの俺の話でいけば、本能は、感情に近いものだけど、理性は気持ちだと言えるんだろうか? 理性というのは、あくまでも、考えることで生まれた気持ちの中で、抑えなければいけないものがあったとすれば、それを抑えることができるのが、人間が生まれ持っている理性というものではないのだろうか? 理性と気持ちを一緒に考えると、本末転倒な気がしてきて、おかしな気持ちになってくるような気がするんだよな」
と先輩は言った。
「どういうことですか?」
「要するに、例えば、過去に戻ってから、現在に戻った時、まったく同じ現在に戻ってくることができるのだろうか? という考えに似ているような気がするんだよな。つまり、タイムパラドックスのようなものが、人間の気持ちや感情、本能と理性などという観点から、元に戻れるのかということに繋がるんだ。タイムパラドックスの観点でいけば、過去に戻るだけで、現在が変わってしまうだろうから、そこから未来に飛んで、前にいた未来に戻れるという保証はまったくないということになる。要するに、一度起こってしまったものは、過去に戻ることで、変えることができるというもので、人生は繰り返すことはできない。一度起こったものを、修正することはできないということになるんだ」
という難しい話をしたのだ。
このままいけば、話がどんどん難しくなることは必至だった。ただ、こんな話をするのは、マサトは嫌いではなかったが、まさか先輩がここまで考えていたとは思ってもみなかった。
「先輩がこういう話をしてくれたのは、俺だったら分かってくれるとでも、感じてくれたからなのだろうか?」
と思ったのだ。
いつもは、どちらかというと不真面目に思えるような話をしている先輩がである。
ただ、今の先輩を見ていると、先輩が不真面目に見えるのは、いつも、真剣に考えることなく、結論を導き出すだけで、実際には、ここまで綿密に考えているのだと思うと、
「人は見かけによらないって、本当だな」
と感心させられたのだった。
先輩は調子に乗って、話し始めた。最初の話がどこからだったのかということを忘れてしまうほどの迫力を感じたのだ。
「タイムパラドックスってよくいうけど、過去に行った場合は、帰るべき未来を変えてしまったので、いきつく未来が分からなくなるので、未来が変わった瞬間に戻って、やり直すとよくいうが、その瞬間って、誰が分かるというのだろう?」
と言い始めた。
「自分が過去に来たから未来が変わったのであって、その瞬間に戻って、過去を変えないようにしないといけないんじゃないかな?」
とマサトがいうと、
「変わってしまった未来から過去に戻ったとして、その過去に果たして自分がいるかどうかってわかるのかな? ひょっとすると、自分が介在しない過去に、変わっているんじゃないかな?」
と先輩は言った。
「えっ? よく意味が分からないんですが」
というと、
「だって、過去に行ったことで未来が変わった。だけど、変わってしまった未来に行って、そこからまた過去に戻るとすると、その過去は、元から過去に戻ったという事実を打ち消した世界が広がっているかも知れない。その方が未来に対して辻褄が合うし、ずっと過去までさかのぼって、本当に辻褄を合わせに行こうとすると、変わってしまった瞬間に変えた本人がいる必要はないのではないかと思ったんだよね?」
というではないか。
「ということは、歴史というのは、辻褄を合わせようとしているということなのかな? トカゲのしっぽがキレると、生えてきて辻褄を合わせるように考えられるとでもいうような感じなのかな?」
というと、
「そうではないといえるだろうか? だから、歴史を変えてしまうと、変えてしっまtったものを正しいとして見ることで、あくまでも、正当性を重んじようとするのではないかと思えるんだ」
と先輩は言った。
「何で、そんな発想が先輩の中から出てくるんですか? そういうことをいつも考えているということなのかな?」
と聞くと、少し意外な返事が返ってきた。
「俺は、実は小説家志望でな。SFに興味があって、SF小説を書けたらいいなと思っていたのだが、それも高校の時の友達の影響で、よく、こういう話を友達としたんだよ。それでせっかくだから、こういう考えを小説に残したいと思って、自分なりに結構書いたつもりではあるんだけどな。でも、まだまだアマチュアの域を抜けなくて、だから、考え方を柔軟にする意味でも、いろいろな人とこういう話をすることが多くなったんだ」
というので、
「でも、先輩は今まで僕にそういう話をしてくれたことはなかったじゃないですか?」
と聞くと、
「君が童貞を卒業してからだと思ってね。君の話を今まで聞いていると、どうしても、やっぱりまだ童貞だからなと思えるところが結構ある、それを思うと、童貞の人と話をして得られる知識もあるが、君との場合は、童貞喪失を演出するのは俺だと思っていたので、最初から、注意深く見て行こうと思ったんだよな」
というのであった。
「男というのは、童貞と非童貞は違うものなのでしょうか?」
と聞かれて、
「女性の場合は、正直、肉体も変わるんだ。これはどこまで本当なのか分からないが、唇のしわの多さまで関係していると聞いたことがある。そういう意味で、それに精神が追いついていかなければ、バランスが悪いという意味で、女性は精神も変わってくるというのは、理屈に合っているが、男性の場合はよく分からない。別に童貞を失ったからと言って、身体のどこかが変化するわけではないからね。だから、自覚できるかできないかということが大きくかかわってくる。自覚できれば、考え方も変わるが、自覚できなければ、考え方が変わるというのは、ちょっと違うと考えるのも、無理もないことではないだろうか?」
と、先輩は答えた。
「先輩はどうでした?」
と聞かれた先輩は、
「俺は中学生の時だったので、そんなことを考えることはなかった。思春期だったので、心理的なものよりも、肉体的な考えの方が強かったので、見えるはずのものが見えていなかったのかも知れない」
というのだ。
「先輩は、どんなSF小説が好きなんですか? やっぱりタイムパラドックスのような話ですか?」
と聞くと、
「そうだね、SFというか、オカルト的な話も好きだったりするんだ、オカルトと言っても、都市伝説のような話もありなんだが、奇妙な話という感覚かな? だから、鏡だったり、時計だったり、つまりは時間だね? そういう話を織り交ぜるのが好きだと言えばいいかな?」
という。
「僕もそういう話を聞いたりするのは好きだったですね。それが心理学の現象に繋がったり、超能力の話に繋がるようなですね」
というと、
「心理学の現象は俺も好きだな。何とかシンドロームや、何とか現象、何とか効果などという言葉もあるよな」
というので、
「そうですね。フランケンシュタイン症候群だったり、サッチャー効果だったり、ウェルテル効果という言葉も聞いたことがありますね。さらには、カプグラ症候群などという言葉も聞いたことがあります」
「俺も、吊り橋効果だったり、効果や症候群ではないが、ドッペルゲンガーという現象には興味を持ったことがあったな。それにしても、お前なかなかいろいろ知っているじゃないか? 今言った、症候群や効果は、俺は聞いたことがなかったな」
と先輩がいうので、
「僕も、奇妙な物語のような話は好きで、時々、DVDを借りて、海外のドラマなどを見ていたんですが、オカルトチックな中に、そういう話をオムニバスで載せた作品があったので、時々見ていたんですよ」
と、マサトは言った。
「さっき言っていたいろいろな効果だったり症候群の中では、フランケンシュタイン症候群は分かる気がする。理想の人間を作ろうとして、悪魔を作ってしまったことで、人間のためになると思って作ったロボットやアンドロイドなどが、逆に人間を征服するのではないか? と考えることだろう?」
と先輩がいうので、
「ええ、そうですね。ちなみにサッチャー効果というのは、上下逆さにした時に見え方が違って感じられるような効果を、前の英国の首相である、マーガレット=サッチャーから取った効果です。ウェルテル効果というのは、自殺の流行は、新聞や雑誌などによる誇大宣伝によって、後追い自殺のようなものが流行するというような話で、もう一つのカプグラ症候群というのは、自分の親戚は家族などの近しい間柄の人間が、実は、悪の秘密結社のような連中に誘拐され、悪の秘密結社が送り込んだ別人によって入れ替えられているという妄想を抱くことだということなんですね。それぞれに、謂れがあって、先ほどのフランケンシュタイン症候群などと一緒で、小説のネタになりやすいものなんじゃないかって思います」
というと、
「そうだね、フランケンシュタイン症候群や、カプグラ症候群というものは、実際に似たような小説も読んだことがある。小説の中では、それぞれの症候群のことを描いたということは書いていないんだけど、話としては酷似している話だよね。これは小説だけではなく、マンガや特撮なんかでも使われそうな題材に思えるんだ」
というのであった。
「カプグラ症候群というものと似たものに、フレゴリ症候群というのがあるんだけど、こっちは、誰を見ても、それを特定の人物だとみなしてしまう現象らしいんです。カプグラ症候群は、知っている人が知らない人と入れ替わっているものに対して、フレゴリ症候群は、知らない人を知っている人間とみなすというある意味反対のことだというんですよ。これって実は反対の意識なんだけど、それぞれに精神疾患があるというところが興味深いところではないかと思うんです。そういう意味では、どちらも、小説やマンガのネタになりやすいですよね?」
ということであった。
「それは言えるだろうね。俺も似たような小説を書いたことがある。なかなか文才がなくて、思ったような結末にはならなかったんだけどな」
「今度読ませてください。僕も先輩の話を聞いていると、自分でも小説を書いてみたくなりました」
「うん、書けばいいんだよ。いくらでもな。まずは、自分が納得できる作品を書くことだ。最初から人に読んでもらおうなんて思って書くのは敷居が高いからな。だって、人に楽しんでもらおうと思って何かを作るのに、自分が楽しくなければ、面白いわけはないだろう? 要するになんだってそういうことなんだと俺は思うんだ」
と先輩は言ってくれた。
「今度、小説を書くのが好きな人を紹介してやろう。俺もその人の影響を受けて、小説を書き始めたんだ」
というではないか。
「その人って誰なんですか?」
と聞くと、
「実は女性なんだよ。俺の彼女の親友だということなんだけど、結構、奇抜で幻想的な発想を持っている人で、元々は幻想的な絵を描くのが好きだったというんだけど、そのうちに小説でも、幻想小説を読むようになって、オカルトのような世界に興味を持ったというんだ。だから、俺もすっかり影響を受けたというところさ」
と先輩が言った。
「僕も、何か趣味を持ちたいと思っていたんですが、子供の頃から本を読むのは好きではなかったんだけど、文章を書いてみたいという願望はあったんですよ。何か矛盾した考えに思えるんだけど、それはそれでありではないかと思うようになったんですね」
というと、
「そっかそっか、それは彼女にぜひ会ってほしいよな。俺も同じように、文章を読むのが苦手だったんだけど、彼女の話を聞いているうちに書けるようになってきたんだ。絶対に聞いて損はない話だと思うぞ」
と、先輩はすっかり、自分のことのように喜んでいる。
「俺も最近、ちょっとアイデアが浮かんでこない時が多かったので、彼女にまた話を聞いてみたいと思っていたんだ」
「でも僕に話をするのなら、先輩にした話の反復かも知れませんよ?」
「それでもいいんだ。だが、俺はそうではない気がする。だって、相手が違うんだから、話の内容が違うと考える方が自然ではないか?」
と先輩はいうのだった。
「僕もぜひ会ってみたいですね。その人は同じ大学なんですか?」
というと、
「ああ、そうだよ。学部は文学部なので違うけどね」
マサトと先輩は経済学部なので、学年は違っても遭う機会はあるが、文学部だと、そう会うことはないかのように思われた。
「じゃあ、今からちょっと彼女に電話を入れてみよう」
と先輩はかなり乗り気だった。
「今からですか?」
と、気持ちはまんざらでもないマサトがいうと、実に楽しそうに、
「善は急げというだろう?」
と言って、先輩はさっそく電話を掛けに席を外した。
「やれやれ」
と先輩の性格は知っているつもりだったので、一応想定内の行動だが、それだけに、マサトとしては、ありがたい気分であった。
5分ほどして戻ってくると、
「彼女に連絡すると、ちょうど、その子も一緒にいたので、さっそく明日4人で会おうということになった。これだったら、お前も気兼ねすることはないだろう?」
と言われたが、実は、却ってこっちの方が緊張する気がした。完全に、一対一が二組できるという計算になるからだった。
その日は、もう少し飲むのかと思ったが、話が急展開したことで、先輩の中では、ソープや、マサトの童貞卒業という「儀式」については、すでに過去のことになっていたのだろう。
少し寂しい気もしたが、
「これが先輩のいいところでもあるので、これはこれでよしとしよう」
と、マサトは思ったのだ。
「明日、午後3時に、大学の生協のところで待ち合わせをすることにしたんだが、大丈夫だよな?」
と聞かれたので、
「はい、大丈夫です」
と答えた。
「最初は、彼女も、少し躊躇があったということのようなんだけど、でも、俺の彼女が一緒だということなので、OKしてくれたようだ。人見知りなところがあるようなことは聞いていたので、そのつもりでいてやってくれ」
と先輩は言った。
「おや?」
と、マサトは思った。
「小説を書こうと思うほどの影響を受けたという話だけど、性格を把握していないということは、それほど親しいというわけではないのかな?」
と思った。
それは、先輩という人が、
「すぐに人の性格だったりを把握することに長けていると思っていたけど、実はそうでもないのかな?」
と感じたからだった。
「あくまでも、男性だけのことであって、女心はさすがの先輩にも分かりかねるんだろうか?」
ということを考えると、ソープ嬢のことを今日詳しく話そうとしなかったのは、
「思ったよりも、女性の心を把握しているわけではないので、そのことを聞かれるのが気になったからなのかも知れない」
と感じたからだった。
ただ、そう思うと、これまでの先輩の行動や態度に、そのことを感じさせることが、時々あったような気がした。今日の童貞卒業という
「儀式の日」
において、先輩のことが分かるようになってきたというのも、自分が大人になったという証なのかも知れないと感じたのだった。
そんなことを考えながら、先輩と別れた。
「これから先輩がもし彼女のところに行くのであれば、それは興味深いことだ」
と感じた。
「何しろ数時間前には、ソープ嬢と……」
と思うと、自分にはできないことだと思ったからだった。
そこに節操がないという感覚は、童貞の頃にはそう思い、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていると思えたのだが、今は、そんな感情にはならず、少し違った感情が生まれているような気がしたのだ。
「寛大な気持ちになった」
といえばいいのか?
ここでいう
「寛大」
という言葉、一体、どういう意味で解釈すればいいのだろうか?
今日、あの部屋にいた一時間くらいの時間は、まるで夢のような時間だった。そもそも、女の子と二人きりで話をすることなど考えられないと思っていたのに、えりなとは違和感なく話ができた。
「相手がソープ嬢だ」
という意識があったからなのだろうか?
だとしても、あそこまで打ち解けて話ができるとは思わなかった。話題に合わせてくれたのか、それにしても、彼女は、男の自尊心や相手の自慢したいと思っていることが分かるのか、巧みに最初からため口であっても、違和感がないようにその場を作ってくれるのがうまいということを感じていた。
自分も、学校で女の子と話ができないのは、
「こんな話をして嫌われたらどうしよう?」
という思いがあるからだろう。
だが、ソープの女の子とは、その時だけになるかも知れないし、
「話が噛み合わなければ、その時だけにしてしまえばいいのだ」
と思えばいいだけなので、何とも気は楽であった。
そう思うと、明日の4人での会話も、違和感なく話せてきそうに思えた。
「どうせ、先輩も、そんなに俺には期待していないだろうからな。きっと面白がっているだけだ」
と思えば、こっちも気が楽だというものだ。
ただ、心の奥では、
「大人になって初めての女性との会話のセッティング」
と思うと、緊張もあったが、怖気づくということはなく、ワクワクの方が強い、前向きな緊張だったのだ。
待ち合わせの場所に来たマサトは、相変わらずいつもよりも、少し早かった。誰かと待ち合わせをする時、最低でも10分前には来ていることにしているので、合わせたかのように10分前意生協に来ていた。
「先輩たちは、3人で来るだろう」
という予想があったので、まず、3人での待ち合わせがあっての、ここの待ち合わせなので、きっと時間ギリギリに来るだろうということは、想定しているところだったのだ。
想像通り3人が一緒になって現れたのは、約束の時間の3分前、普通の時間であった。自分の想像通りだったことを感じたマサトは、思わず一人でほくそえんだのだった。
そんな中、先輩と彼女さんの顔は知っていたので、違和感がなかったが、もう一人、彼女さんの影に隠れるような雰囲気で、こちらを見ている女性の視線が、目を合わさないようにしているわりに、バチバチに視線を感じるというのが、第一印象から不可解な相手だと思わせるに十分であった。
「ごめんなさいね、私までついてきて」
と、彼女さんはそう言ったが、その言葉を言った相手が先輩だと思うと、どうやら、何かの釘を刺しているかのようだった。
「なるほど、彼女と会う時は、なるべく彼女さんを通してという話にでもなっているのかな? だとすると、先輩は彼女のことを意識しているのか、逆に彼女が先輩を意識しているのか、彼女さんとすれば、気が気ではないのかも知れないな」
という気がした。
この間まではこんなことを考えるなど、自分でもありえないと思っていたはずなのに、それだけ昨日の、
「大人になった儀式」
というものの影響が、マサトには大きかったということなのだろう。
「とりあえず、近くの喫茶店に行こうか?」
と、キャンパス外に出た。
さすが、大学の街と言われるこのあたりは、喫茶店が乱立している。皆それぞれの馴染みの店があるようで、他ならぬマサトにも、馴染みの店はいくつかあった。
ただ、ほとんどが一人でいく店なので、テーブル席に座ることなく、いつもカウンター席だった。それだけに、マスターと仲がいい店がほとんどだったのだ。
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