第3話 気持ちと感情

 その時えりなが、いろいろ聞いてきた。まず、

「お兄さんは誰かと一緒に来たんですか? こういうお店は初めてだということなので、そういう時って、人と一緒に来るものなんじゃないかって思ったんだけど」

 というので、

「うん、先輩ときたんだよ」

 というと、少し目を輝かせたかのようにしながら、

「なるほど、それはよく聞くわよね。先輩がいろいろ教えてあげよう的な話ですよね?」

「ええ、最初は先輩にまだ、童貞だって相談したことがあったので、先輩が気にしてくれていたんでしょうね。まだ童貞だったら、一緒に行こうって誘ってくれたんです」

 というと、

「なかなか、最初は、こういうところは二の足を踏むものね。特に、変な店に引っかかったらとか、呼び込みや店の人に誘われたら断れるかどうかが心配だったりするよね? でも、今は基本的に呼び込みはしてはいけないことになっているし、友達どうして来ている人たちで、飲みに行った帰りに、こういうお店に来ようということになった時のために、無料案内所というのが、数か所あるのよ。そこにいけば、そこの人が、お客さんがどういうお店を求めているかね。ソープなのか、ヘルスなのかとかね。時間によって、あまり時間がなければ、ショートコースのお店とかの紹介になるでしょうしね。後は、どういう女の子がいいかということを聞いて、それならここのコンセプトに合っているというようなことで、店に連絡を入れて、すぐに行けるかどうかも、話をしてくれるわ。決まったら、近くであれば、お店からスタッフがお迎えに来てくれることもあるので、店まで迷うこともなければ、他から声を掛けられることもない。何しろここは、皆、性風俗目的の客なので、この町内にさえ入ってしまえば、もう恥ずかしいということもないでしょう?」

 と、えりなが教えてくれた。

「よく知っているんだね?」

 と聞くと、

「ええ、お客さんが教えてくれるのよ。私に何回も入ってくれたお客さんも、結構いるでしょう? そうすると、ほとんどため口になって、まるで友達感覚の会話になったりするのよ。なかなか楽しいわよ」

 と、すでに、彼女はマサトにもため口のようになっていた。

「これが彼女の魅力なんだろうな?」

 とマサトは感じた。

 相手に違和感を感じさせないように、実に自然にため口になるくらいだから、すでに打ち解けていると思うのも無理もないことであった。

 ただ、こっちは、本当の初めてなので、最初からマウントを握られているのは、当然のことであった。

 そういう意味で、

「彼女に入って、本当によかったな」

 と思うようになった。

 マサトには、女兄弟はいない。弟が一人いるだけだったので、童貞であることに、余計に、焦りを感じた。

「女っ気がまったく自分のまわりになかったから、女性のことがよく分からない。だから、彼女もできないし、ずっと童貞なんだ」

 と思っていた。

 だが、それだけが理由でもないような気がしていた。

 だとしたら、女兄弟のいない人は皆初体験が遅かったことになる。

 実際にはそんなことはないだろう。

 ということになると、他に理由があることになり、今までずっと思ってきた言い訳のような理由が、通用しないと思うと、今度はどう考えればいいのかと思い、すでにもう大学生になっていることで、自分の中に焦りがあることを感じてしまうのだった。

 それを思うと、

「今回、風俗での、脱童貞となったが、よかったのではないか?」

 と考えるようになった。

 えりなを見ていると、

「彼女でよかった」

 と正直思えるし、

「このまま自分が彼女の常連客になるかも知れない」

 とも感じていた。

「先輩には、今夜、相手が変わったこと、言わない方がいいかな?」

 と、マサトがいうと、

「そうかも知れないわね。余計な心配をかけることになるかも知れないし、おせっかいな人なら、余計なことをあなたに言わないとも限らない。あなたとしては、何か気になることが他にあるの?」

 と聞かれたので、

「そうだなぁ。心当たりがないんだよ。僕のまわりに風俗をやっている女の子がいるようには思えないし」

 というと、

「まあ、人は見かけによらないともいうので、あなたが、それほど気にしていない相手でも、ちょっとでも顔を知られていると思うと、女の子の方も過敏になったりするからね。特にあまり仲が深い相手でなければ、却って、フッと話題がキレた時などに、話題繋ぎの軽い気持ちで、バレないとも限らないから、女の子としては、気になっても仕方がないことではないかしら?」

 ということであった。

「うん、そうだね、先輩は顔も広そうだし、こういう性風俗にも詳しそうだから、すぐにピンとくるかも知れない。でも、それを思うと先輩もひょっとすると、今日の僕と同じような目に遭っているかも知れないし、もし、そうだったら、ちょっとおもしろい気がするな」

 とマサトは言った。

「まあ、そんなに頻繁にあることではないと思うので、偶然、今日は日が悪かったというくらいに思っていた方がいいかも知れないわね。私は、女の子の気持ちもわかるから、余計にそう思うのよ」

 と、えりなが言った。

「そうだよね。えりなさんは、本当に優しいですね」

 というと、彼女は目がトロンとしてきた。

 どうやら、スイッチが入ったようだ。

「そうだ、俺の目的は、そもそも童貞喪失だったんだ」

 ということを思い出し、そっちの方に集中した。

 せっかく先輩が設けてくれたチャンス、しかも、一生に一度のことなのだから、儀式としても、記念という意識でも、楽しむに越したことはないと思うのだった。

 厳かに「儀式」は進行していく。まるで、

「結婚式って、こんな感じなのだろうか?」

 と思わせた。

 一度だけ、親せきのお姉さんの結婚式に出席したことがあったが、その時の新郎の姿が、凛々しかったのを思い出していた。卒業式、入学式などは、どうにもピンとこない。自分のことだけではないかだろうか。

 一学年全員なので、ピンとこないおも無理もないことである。しかも、女の子は卒業式では、泣くのが定番ではないか。先に泣かれてしまうと、厳かな気分にはなかなかなれないもので、子供時代に儀式というと、どうしても、

「やらされている」

 というイメージが強くて嫌だった。

 それは儀式に限らない。学校行事も同じだった。

 特に、運動会や音楽会は嫌だった。

「運動は苦手だし、楽器だってまともに吹けないのに、どうして、全員参加なんだ」

 という思いであった。

 運動会などは、選手に選ばれなければ出ることはないのだろうが、何かしら選ばれることになっている。特に日曜日に学校に行かなければいけないのは、嫌であった。

「毎週、朝見たいテレビが見れない」

 という単純な理由であったが、子供には一大事だった。

 確かに、父兄が来るには会社が休みの時でないといけないというのは、分かるのだが、別に全員運動会に駆り出す必要がどこにあるというのだ。

 大人になって考えてみると、会社で、参加したくない飲み会に駆り出されるのと同じではないか。大人の世界では、最近では、ハラスメントなどというのがあって、強制はできない風潮にあるが、小学生にはそれを口にする権利はないのだろうか?

 父親だって、皆が皆子供の運動会に行きたいわけではない。中には日曜出勤の親だっているはずだ。それこそ。差別であったり。強制的なハラスメントであったりするのではないだろうか?

 そう思うのは、マサトだけであろうか?

 えりなとの感動の時間がゆっくりと終わりに近づいてきた。もし、これが一人だったら、罪悪感のような、いわゆる、

「賢者モード」

 という脱力感に見舞われてしまうというようなことを聞いたことがあったが、今日は幸いにも先輩と一緒に来ていたので、かろうじて、賢者モードに陥らずに済んだ。

 終了時間を知らせるベルが鳴り、名残惜しさを残しながら、えりなから、

「また、会いに来てくださいね」

 と言って、ニッコリと微笑まれると、

「ああ、これが一番求めていた癒しというものだろうか?」

 と感じた。

 確かに、絶頂を迎える前も、あんなに興奮していたのに、それを忘れてしまいそうになるくらいに、彼女の笑顔が癒しとなった。

 ただ、もちろん、身体には童貞を卒業した証のような快感がまだ残っていた。しかし、感情はあの快感をいつまでも覚えているわけではないのだ。

 そこが、男と女の違いというのか、果ててしまうと、襲ってくる賢者モードによって、男性はいったん、気持ちも身体もリセットされるのだ。

 女性は何度でも絶頂を迎えることができるというが、そんなにも身体の構造が違うのだということを、この日、知ったのだ。

 そう、えりなの方は、何度も絶頂を迎えていたようで、それを見ているだけでも、男として嬉しくなるのだと、マサトは感じたのだ。

 それは、一人でする時には、絶対に感じることのできなかったもの。

「やはり、女性とセックスをするということは、人間である以上、正常な営みなんだ」

 と感じたのだった。

 着替えを済ませ、先ほどの、真っ暗な通路を逆行し、待合室に向かう時、カーテンまで、最初と同じように、腕を組んで、えりなが見送りをしてくれる。

「どんな気分になるのだろう?」

 と思っていたが、その気持ちは、賢者モードというよりも、次回のことを考えている自分がいる気がした。

 もちろん、余韻を楽しみながらであるが、今の自分の経済状態や、さらにそれから嵌ってしまうことを考えた時、どれくらいの間隔がいいのか、などと考えていると、今日の別れによる一抹の寂しさや、油断すれば陥りそうになる、賢者モードに入らずに済むような気がするのだった。

「また会いましょう」

 と言って、頬にキスをしてくれた時、

「まるでサラリーマンが不倫相手とその日の別れをするようだ」

 と感じた。

 決して、

「会社に向かう旦那を送り出す新妻」

 という感じではないということは確かだった。

「俺って捻くれているのかな?」

 と感じたが、別にそうではない。

 やはり、賢者モードに陥らないようにしたいという気持ちの表れだったのかも知れないからだ。

 となると、

「今日は先輩とずっと一緒にいるのがいいのか、それとも、ある程度が過ぎれば、一人になるのがいいのか、どっちなんだろう?」

 と思った。

 とりあえず、えりなと別れ、カーテンの外に出て、少しそんなことを考えながら、待合室の扉を開いた。

 そこでは、すでに時間を終えた先輩が待っていてくれた。

「おお、どうだった?」

 とニコニコしながら、声をかけてくれた。

 先輩の顔を見ている限り、先輩には賢者モードは感じられない。

「さすが先輩だ」

 と思ったが、それが、先輩の性格から来るものなのか、それとも、経験を重ねると、賢者モードにならなくなるものなのか、よく分からなかった。

 先輩を見ていると、元気すぎて、本当にビックリだった。ただ、肌の艶が心なしか感じられたので、

「俺も、艶ってるのかな?」

 と感じたほどだった。

「癒されました」

 と、先輩の質問には、答えた。

 身体という意味では、

「気持ちよかったです」

 と言えばよかったのかも知れない。

 こういう場所の初体験なのだから、そういう答えを期待していたのかも知れないと思うと、先輩に悪いことをしたという感覚になったが、

「おお、そうか、それはよかった」

 と言って喜んでくれた。

 もし、これが、最後に、

「よかったな」

 と一言つけられると、まるで他人事のように思われ、今の答えが間違っていたのではないか? と感じさせられたのかも知れないが、そうではなく、

「よかった」

 と言い切られたことは、自分の返答があれで悪くなかったということを感じさせられて、正解だったと思うのだった。

「お前の顔を見ていると、身体の反応がどうなのかは分かるからな。やはり、最後に部屋を出た時に、感じたのが、癒しだったのだって、今の言葉で分かったからな。そうなんだよ、こういうお店に来てしまうのは、癒しを求めるからさ。ただの行為だけなんて、虚しいじゃないか」

 と先輩はいうのだった。

「だが、気を付けないといけないのは、ガチ恋に陥ってしまうと、正直怖いからな。それだけは気を付けておいた方がいいと思うぞ」

 という。

「ガチ恋って何ですか?」

「ガチ恋というのは、相手をしてくれた女の子のことを本気で好きになったりすることなんだけどな。いろいろな意味でヤバいだろう」

「どういうことですか?」

 と聞くと、

「だって、まず、金銭的に持つか、どうかだよな? 1か月に1回でも大変なのに、下手をすれば、一週間に一回、お金のある人なら、数日に一回なんてことをしていると、それこそ抜けられなくなるだろう? そして、思いが募ってくると、今度は金銭的な感覚よりも、ストーキングをするようになって、彼女を出待ちしてみたり、密かに後をつけて、家を探ってみたりとかいう、犯罪行為に繋がりかねない。そうなると、どうしようもなくなってしまって、本当に抜けられなくなる。女の子からも、店からも嫌われて、出禁にされるだけならいいが、警察に通報されてしまいかねない。だから、ガチ恋は恐ろしいのさ」

 と先輩は言った。

 先輩の話を聞いて、話の内容を想像できる自分が怖かった。

 えりなに対して、自分がガチ恋をしているのかどうなのか、ハッキリとは分からないが、少なくとも、次回を考え、さらに、その先を定期的にということも考えていた。

 別の考えとして、

「今度は他の女の子にも会ってみたい」

 と思うものではないかと思ったが、その感覚はその時はなかった。

「なぜ、なかったんだろう?」

 とその理由をその時には分からなかったが、少し時間が経ってくると、分かる気がした。

 それだけ、精神的に落ち着きを取り戻してきたからだろう。

 その理由というのは、

「最初に指名した女の子が、急に体調不良」

 という理由で、指名を変えざるをえなかったからであろう。

 確か、名前、源氏名というのだろうが、

「あいり」

 という名前だったような気がする。

 今でこそ、頭の中いっぱいに、えりなが広がっているので、あの写真をすぐには思い出すことはできなかったが、何と言っても、最初に気になって選ぼうとしたのだから、実際の印象が消えてしまったわけではないに違いない。

「頭の中で、えりながいっぱいになっている」

 という感覚は、えりなの中で自分がいっぱいになったあの時の絶頂が、今は脳内で売り広げられていると思うと、

「これが、先輩のいう、ガチ恋なるものなのだろうか?」

 と感じたのだった。

 えりなに言われた通り、先輩に、あいりの話はしなかった。

 本当をいうと、喉の手前まで出かかっていて、言いたくて仕方がない状態に陥っていたのだ。

 えりなから忠告がなければ、間違いなく話をしていただろう。

 風俗の大先輩としての意見も聞きたかったのだが、せめて、近いことくらいは聞いてみたいと思うのだった。

 待合室を出て、歓楽街の中でも飲み屋街に繰り出すと、

「焼き鳥でも食いに行くか?」

 と誘われて、お腹もすいていたことと、焼き鳥をちょうど食べたいと思っていたことで、意気投合したと思い、二つ返事で、

「いいですy」

 と言って、焼鳥屋に入った。

 そこで、さっそく、

「先輩は、パネマジって知ってますか?」

 と、聞いてみたのだが、

「ああ、もちろん知ってるさ。パネルマジックのことだろう? パネルマジックというのは、店側の策略もあるけど、女の子を守るという意味もあるんだぞ」

 というので、

「どういうことですか?」

 と聞いてみると、

「宣材写真に加工を入れることで、女の子を綺麗に見せて、指名を取らせようという考えだよな。そしてもう一つは、女の子の身バレがないようにするためさ。身バレしてしまうと、女の子はもちろん、大変だけど、身バレしたから、店を辞めるしかないということになると、店の方も困るよな。だから、店は、結構そういうところにも気を遣っているという話なんだ」

 という。

 この話は、先ほどのえりなの話とほとんどかぶっていて、二度目に聞いた話だったが、初めて聞いたかのように、先輩には少しオーバーアクションで、

「そうなんだ。そこまで考えているって、すごいんですね」

 と答えたのだ。

「まあ、女の子にもいろいろ事情があるだろうからな。だから、店側も、事前に、身バレしないようにいろいろ細工をしていたりするんだよ」

 というので、

「どういう細工ですか?」

 と聞くと、

「例えば、店によっては、他の客と鉢合わせをしないように、店の構造を会わないようにしてみたり、帰りに通路で、客がガッチャン子しないようにするなどの細工だよね。客同士も気まずいし、女の子と自分に入ってくれていない客も気まずいだろう? まさかとは思うが知り合いなんかだったら、それこそ危ない」

 というのだ。

「他の細工としては?」

 と、今度は少し突っ込んで聞いてみた。

 先輩が、

「どうして、こいつ、こんなに執拗に聞いてくるんだろう?」

 と思うかも知れないが、ここまでくれば、そう思われてもいいような気がしていた。

 酒が入ってきたからだろうか?

「よく聞くのは、待合室にカメラが設置してあったり、マジックミラーになっていて、女の子が、自分につく客を、事前に確認して、知り合いでないかどうかを見分けるということもしているということだね。これは、女の子が教えてくれたことなので、間違いないとは思うんだ。女の子もそうやって自分を守ったりしているんだろうね」

 ということだった。

「そうですね」

「それにだ。もし、前の店で、しつこいNG客がいたりして、それで移籍したりしたのに、その客が粘着で追いかけてこないとも限らないだろう? いわゆるガチ恋客と言われるのだろうけど、そういう客への対策という意味もあるんだろうと思うよ。女の子はさすがにそこまでは言わなかったけど、それくらいのことは当然考えているだろうからね」

 と先輩は言った。

「こういう仕事は女の子も、店側も大変なんですね?」

 と聞くと、

「それはそうだろう。客にとっては、決して安いものではないんだからね。店側も客に対して、怒らせないようにしながら、毅然とした態度も必要なだけに、難しいんじゃないかな?」

 と、先輩は教えてくれた。

「なるほど、よく分かりました」

 というと、

「何か気になるようなことでもあったのか?」

 と先輩が聞くので、

「いいえ、別に」

 と答えたが、先輩は何か気づいているかも知れない。

 しかし、先輩は相手が言おうとしないようなことを、強引にでも聞き出すようなことはしないので、それを思うと、余計なことを言って、変に気かかりにされるよりもいいのではないかと思うのだった。

「ところで、お前は気になっている子とか、大学にいるのかい?」

 と聞かれて、

「いるにはいますが、まだ、それほど仲良くはなっていないので、これからだと思っています」

 というと、

「そうか。今日の経験が少しはお前を変えてくれるかも知れないな、もし、今日の経験で、一歩踏み出す勇気が持てたのだとすると、それはそれで嬉しい気はしてくる」

 と先輩は言った。

「先輩は彼女とかいないんですか?」

 と聞くと、

「いるよ」

 という返事が普通に返ってきた。

「彼女がいても、風俗にはいきたいものなんですか?」

 と聞くと、

「ああ、それはどうだろうね。彼女と風俗嬢とは違うものだと俺は思っているからな」

 というではないか。

「割り切っているんですか?」

 と聞くと、

「いや、割り切っているというのが、どういう意味なのか分からないが、精神的なところで割り切っているというのであれば、それは違う。どちらかというと、肉艇的なものと、精神的なものの間に割り切りがあるのだと言った方がいいかも知れないな」

 と先輩は言った。

「どういうことですか?」

「同じ精神的なものということであれば、それは次元が違うということになるのかな? 彼女には精神面を求めて、風俗嬢には、肉体的なものを求めるという割り切り方をすると、結局どっちつかずになってしまいそうな気がするんだ。彼女に肉体的なものをまったく求めなかったり、風俗で精神的なものを求めないとか、ありえないだろう? だけど、割り切るという考え方になると、どうしても、肉体と精神で、どっちかに分けないといけないような感覚になるんだよ。それを割り切りと言ってしまうと、本当に風俗嬢とはお金だけの関係になってしまい、お金をそんな気分で割り切るために使うのだと思うと、それこそ、本末転倒なんじゃないかって思うんだ」

 と先輩はいう。

「じゃあ、先輩は、それぞれを割り切っていないんですか?」

 と聞くと、

「割り切るという意味が俺には分からない。自分がその時の心境で、どっちに遭いたいと思うというのは、ダメなのかな? 確かに割り切るという意味では、彼女がいるのに、他の女性を求めてしまうということは、決して褒められることではないと思うのだが、だけど、自分の気持ちに正直になるというのが、どちらに遭いたいかということの気持ちに対しての答えだと思うのが、やっぱり、言い訳にしかならないのかな?」

 と先輩は言った。

「僕には、まだ分かりません」

 というと、

「ハハハ、そりゃそうだろう。俺が今まで考えて結論が曖昧なのに、今日、童貞を卒業したやつに、簡単に分かってたまるものか」

 というのだった。

「確かにそうなんですが、彼女の前に風俗嬢の癒しを知ってしまうというのは、どうなんだろう? って思うんですよ。このままだと、彼女なんて一生できないんじゃないかって思うくらいで」

 というと、

「そんなことは気にしなくてもいいんじゃないか? 彼女がいないといけないというわけでもないし、彼女と結婚しても、幸せになれるかどうか分からない。むしろ、離婚する可能性の方が高いんだから、それを思うと、俺は、今は別に感情に身を任せてもいいんじゃないか? 気持ちと感情って違うものなんだからな」

 と先輩は言った。

「気持ちと、感情が違う?」

「ああ、違うんじゃないかな? 一緒だと思っていると、自分を見失いかねないから気を付けた方がいい」

 と、先輩は、時々真面目にとんでもないことを言い出す。

 しかし、それがいつも的を得ているのだから、すごいものだ。

「やっぱり、先輩ってすごいんだ」

 と感じたのだった。

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