第3話 風葉の洞窟

「ほう、人間が住むにしては充分な洞窟じゃな」

 一見、洞窟だが入って奥へと行くと寝床、木の実、山菜、キノコなどが入ったカゴが並んでいた。

「この山は不思議なことに何でもあるようで、鬼退治で旅に出る前より、豊かな暮らしになってしまい……」

「このまま鬼が現れぬとお主が山の鬼と思われてしまうの」

「ははは……」

 風葉は火を起こし、洞窟を明るくしてから、セツの木の実の入った椀を渡した。

「これは?」

「すみません、おもてなしがこれしかできず」

「良い。むしろワシがお主に何かしなければならないのじゃが」

「いえいえ、そんなこと無いです。私はこうして誰かとお話できるだけで、とても嬉しいのです」

 風葉は目を細め、笑った。

「女一人で山は危険とは、お主も同じではないか」

「私には刀があります」

「ワシには爪、牙、そして、妖狐じゃ。お主より強い。さっきは助けられたが……ん? お主、なぜ、大蛇の首が斬れたのじゃ?」

「え?」

 セツは風葉の袖をまくり、腕を触った。

「確かに鍛えられた腕じゃ。ひ弱な男より遥かに立派じゃ。でも人間が……?」

 風葉は腕を触られ恥ずかしくなり、腕を引っ込め、セツに刀を見せた。

「この刀のおかげです」

「これは?」

「私の一族、封子ふうじに伝わる刀。封鬼刀」

「封鬼刀?」

「封子の者だけが唯一持てる刀で、この刀でしか鬼を倒すことはできないらしいです」

「鬼を斬れるなら、他の妖怪の類も斬れると?」

「ええ。確信は無かったですが、あの大蛇を見た時、身体が動いていました」

「つまり、刀の力を試したかっただけで、ワシを助けたのは偶然なんじゃな」

「あ、いえ、そういうわけじゃ……」

「ワシが大狐になっていたら、その刀の餌食だったのかのう」

「セツさん……」

 セツに対して配慮が足りなかったと風葉の顔が暗くなった。

 すると風葉の額に痛みが走った。

「痛ッ!」

 セツが風葉の額を指で弾いたのだ。

「ワシは五百年生きているのじゃ。自分を助けるためではなかったとか、そんなことで悩むわけなかろう。うぬぼれるな小娘が」

「うー、痛い……」

「鬼の元へ行くならワシもついて行く。元々、鬼を婿にするために来たのじゃ」

「鬼を?」

「ワシは強くて気品がある者でないと認めぬからな」

「でも、私は鬼を退治せねばなりません」

「そのときはワシがお主を殺す」

「……」

 そこからセツと風葉は言葉を交わさず、眠りの準備をする。

 風葉は刀を抱え、ゴザの上で座り目を閉じる。

「お主、それで眠るのか?」

「山に入ってからはずっとこれで寝ています」

「用心深いの」

「今はこれが落ち着きます」

「……今日は寒いの」

「そうですか?」

「ワシは寒いのじゃ。風葉、今日はワシの隣で寝るのじゃ」

「え? でも私は……」

「ワシが凍え死んでも良いのか!」

「んー。わかりました」

 風葉一人で使っていたゴザは二人ではとても狭く、セツと風葉はピッタリとくっついていた。

「あの、やはり私は座って眠ります」

「今日だけじゃ。眠れば気にならなくなる」

「……」

 風葉は不満だったが、セツに何を言っても言い返されるだけと思い黙った。

 セツの狐の耳が風葉の頬をくすぐる。

 耳が頬に当たらないよう身じろぎをするが、セツは風葉を離さないかのように腕を掴んでいた。

 山に入ってから一人で居続けたせいで、風葉は落ち着かなかった。

 落ち着かない風葉に気付いているのかセツが声をかけてくる。

「風葉は生娘きむすめか?」

 セツの質問は風葉としては良いものではなかったが、仕方なく答えた。

「……そうですよ」

「ワシは五百年。婿になる男に捧げるつもりだったが、一向に現れなくての。皆、妖狐族の血筋目当てであり、欲にまみれたニオイの輩ばかりであった」

「男でなくてすみません」

「謝るな。生まれは選べぬ。それに、お主は男に生まれたかったのか?」

「鬼を退治する運命を知っていれば、男を選んでいたかもしれません」

封子ふうじは人間が背負うには重過ぎる一族じゃな」

「なぜ鬼を婿に?」

「噂で顔が良いと聞いた」

「それだけですか?」

「顔は大事じゃ」

「はぁ……」

 風葉はセツに呆れながら、眠りについた。

「すぅー……すぅー……」

 セツは寝ている風葉の胸元を開き、その胸をゆっくり撫でた。

「風葉、お主は本当に女なのだな……」

 胸元を元に戻し、

 セツも眠りについた。


   


  

 

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