第2話 妖狐のセツ


「今度こそ、ワシに相応しい男を見つけるのじゃ!」

 傘を被り、赤い着物に白い羽織、大股で山の中を歩く、髪の長い女がいた。

「この山に潜む鬼はワシに相応しいと良いのじゃが……」

 女は人間ではなく妖怪だった。

「妙じゃな。鬼を恐れて、人間は入ることの無い山と聞いていたが、人間のニオイがする……。それにしても奇妙なニオイだ……。間違って入ったが食い殺されたのだろうか?」

 山の静けさが落ち着かず、女は独り言をずっと声に出し続けた。

「妖狐族も、もう途絶えてしまったのであろうか。いや、姉上が子を授かっているであろう。姉上のおかげで、出来の悪いワシは自由に男を選べるのじゃ」

 女が山を歩き続けていると、川を見つけた。

「おお! 川じゃ! 汗が気持ち悪いと思っていたところじゃ!」

 女が着物を脱いでいくと腰にはふかふかとした黄金色の毛の塊があった。

 尻尾だ。

 傘を取ると尻尾と同じ色をした尖った耳が現れた。

「うむ! なんたる解放感!」

 ゆっくりと足をつけ徐々に川へと身体を沈めていく。

「山へ来て正解じゃ。川が気持ち良いのう」

 女が川で汗を流していると、野太い獣のような声が聴こえた。

「ほう、こんな山に女がいるとは、珍しいこともあるものだなぁ?」

 川の中心にある岩に大男が仁王立ちして女を眺めていた。。

 女は大男に気付いても慌てることなく、川から上がり着物を着始めた。

「お前は鬼か? いや、鬼にしてはあまりにも弱い『気』で、そして品が無いのう?」

「あん? 俺を知らないとは物を知らない女だなぁ?」

「山奥に籠っているやつのことなど知るわけなかろう」

 大男は岩を降り、ゆっくりと女に近づいていく。

「俺は大蛇オロチ族のランガだ」

「ほう? 名乗る礼儀はあるのだな。ワシは妖狐族のセツじゃ」

「鬼を殺し、天を取るのが目的だったが、妖狐族と遊んでからでも良いな」

 ランガの二本の腕と足が一つに繋がり、身体が太く伸びていく。 

 その姿はまさに大蛇だ。

「人の姿のがまだマシだったわ。ワシは蛇は苦手でな……」

 大蛇と化したランガがセツへと真っ直ぐに突っ込んでくる。

「全く、着替えぐらい待てんのか?」

 セツは着物がはだけた状態でランガを跳躍して避ける。

「せっかく汗を流したというのに……」

 ランガから距離を取るため、セツは走った。

 森へと入り込み、セツは考えた。

「こちらも狐へとなるか? だが、鬼へ挑む体力は使いとうない……」

 太い木に登り、枝に隠れた。

 セツの右手が毛深いく大きくなった。

 狐の腕へと変貌したのだ。

「逃げ続けるのは性に合わんからな……」

 ランガが木をなぎ倒しながらやってくるのが見えると、セツは木から飛んだ。

 ランガは気配でセツを確認した。

「右手だけ化けたか? その爪で、俺を切り裂こうというのか! 甘いぞ! 狐ェ!」

 蛇特有の長い舌がセツ目掛けて伸びていく。

 セツはその舌に乗ると、その上を走り出した。

「ぐっ! ベタベタでぐにょぐにょで、気色悪いんじゃ!」

 声の勢いでセツは飛び、ランガの鼻先に乗っかる。

「この爪で切り裂くのはお主の目じゃ!」

 セツの爪がランガの右目を貫く。

「ぎゃぁああああああああああああああああ」

 痛みで暴れまわるランガから飛び降り、セツはまたも走り出した。

 セツの右手は目を貫いたせいで、血でべっとり濡れていた。

「さすがに目を潰すことはなかったか? イヤな感触であった」

 右手を何度も振り、血を飛ばす。

「ん? なんじゃ、この音は?」

 ドスン、ドスンとランガが這う音とは別の大きな音が聴こえ、地面も揺れた。

「な!? なんじゃ!?」

 セツが振り返ると蛇の身体から手足が生えた巨大な化物がいた。

 化物は右手で右目を抑えていた。

「ランガか! なんと醜い!」 

「妖狐のセツ! 面白い! 良い女だ! 俺の腹に入れてやろう!」

 手足の生えたランガの姿に気を取られ、蛇の部分が残っていることをセツは忘れていた。

「な、何!?」

 ランガの太い尻尾がセツを捉えた。 

「ぐぅ!」

 尻尾がランガの口元に近づき、巨大な顔がセツの目の前に来た。

「安心せい! 俺の一部になるだけよ!」

「ふざけるな! わ、ワシは五百年も貫いてきた! こんなことで、こんなやつで!」

「あ? 何を貫いてきた? まあ良い! 食う!」

「くっ! ワシの五百年がこんなことで……!」

 ザシュッ!

「あ? が、あぁ……? あ……」

 ランガの巨大な首は無くなり、鮮血が雨となり、辺り一面を濡らす。

「な、何が?」

 セツを締め付けていた尻尾がゆるみ、セツは落下していくも、何者かがセツを抱きとめた。

「大丈夫ですか?」

「え、え……?」

 セツを抱きとめたのは風葉カザハだった。

 風葉カザハはセツを降ろすと、刀に付いた血を着物で拭った。

「お、お主は?」

「山に住む鬼を退治に来たものです。女一人、こんな山にいては危険ですよ。私も山に来て、あのような蛇の化物の類を見たのも初めてでしたし」

 ランガの巨大は泥のように溶けていき、跡形も無くなっていた。 

「はぁー怖かった。あれが、鬼だったら良かったのに」

 風葉は腰を降ろして、ため息をついた。

「わ、ワシはセツという名じゃ! お主は?」

「私は風葉カザハ

 風葉が微笑んでいうとセツは顔を真っ赤にして言った。

風葉カザハ! わ、ワシの婿になれ!」

「……は?」

 セツの言葉を受けるも風葉はセツの言葉の意味がわからなかった。

 風葉に対して、セツの興奮は止まらなかった。

「み、見つけた! お主に会うためにワシは……ワシは!」

「あの、私は……」

 セツは風葉の言葉を次々に遮る。

「ワシはお主のために、五百年、生娘を貫いてきた!」

「え、は!?」

「お主はワシの婿になるために生まれたのじゃな!」

 セツの勢いに負けてはいけないと風葉は叫んだ。 

「セツさん! 私は女です!」

「……はあ?」

「私はこのような格好をしているだけで女! なんです!」

「は、はははは……! 嘘を言うでない……」

「はぁ……」

 風葉カザハは胸元を開き、サラシで潰している胸を見せた。

「な、な、な……!?」

「あなたの婿になることはできません……」

「う……うぅ……」

 セツはすすり泣いた。

「せっかく、ワシに相応しい男を見つけたと思ったのに!」

「セツさん……。すみません」

「あ、謝るな! お主の声、見た目、強さはワシの理想じゃ!」

「セツさん……。その、日も暮れる。今日は私の寝床へと過ごしましょう?」

「ワシは妖狐じゃ! 日が暮れようと関係など無い!」

「そうですか。それではお気をつけて」 

 風葉は残念だとばかりにセツにわかれを言って、寝床へ行こうとした。

「いや! これも何かの縁じゃ! お主の寝床へ行く!」

 セツは風葉の袖を掴み、置いていくなと言ってついて行った。 

 

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