第60話 南見活実

※今日は少々短めです。



 南見みなみ活実かつみは、どこで仕掛けるべきか考えていた。


 スタート後、前が分厚くなるのを見て後方待機を選択したのは、ハナの奪い合いでペースが速くなるだろうと予想したこともあったからだったが、外枠から強引にハナを奪いに行った柴端しばはた雅人まさと騎乗の7枠14番ジュディズハイツが先頭に立ってからはペースが落ち着いている。

 最初から飛ばしていくだろうと予想していた米国馬が控えたのも、ペースが落ち着いている要因だと南見は思った。


 第1コーナーに入る直前まで南見とタマナクロスを見るような位置にいた凱旋門賞馬トミービンを駆るリルド騎手は、やや遅いペースと見ると先に中団に上がっていく。


 南見とタマナクロスはレースの序盤は最後方で英国馬ムーンラウドネス、NZ馬ヘッドパッシャーに挟まれるように並んで走っている。

 最後方とは言え前が遅いため、先頭からは10馬身程度しか離れていない。


 普通なら前残りで決着するレースだと観客は予想するだろう。

 だが、南見はタマナクロスの瞬発力と伸びなら、何処から仕掛けても行ける自信はあった。


 思えば、入厩当初から南見はタマナクロスの能力には自信を持っていた。


「線が細い割にスタミナはありそうやが、ちょっとズブい。おまえの追う腕でどうにかしてやってほしい」


 大原おおはら勇実いさみ調教師にそう言って依頼され、デビュー戦の芝2000mでタマナクロスに跨った南見は、意外にスピードもあるな、という感想だった。

 ただ、気性が幼く繊細で、僅かなことでも驚くところがあったため、逃げに出たが折り合いを欠き4着に敗れた。


 気性さえどうにかなれば、けっこういいところまで行けるかも知れないと南見は期待したが、3戦目のダート1700mでようやく勝利を挙げホッとしたのも束の間、4戦目の400万下条件戦芝2000mで、タマナクロスは他の馬の落馬に巻き込まれ、南見を振り落とした後もコースを暴走し、全身に掠り傷を負った。

 この落馬に巻き込まれたことによって、タマナクロスはレースや他馬を怖がるようになり、他の馬に近寄るのを避けるため大外に逸走したり、馬運車を見るとレースを思い出すのか怖気づくようになった。

 夏の札幌で南見以外の騎手を乗せての2戦も競馬にはならず、秋口になって栗東に帰厩してから南見を乗せて挑んだ2戦も、どうにか競馬にはなったものの勝てなかった。


 突然タマナクロスの気性が強く変わったのはいつだろうか。


 勝ち出したのはいつかは分かってる。

 1987年10月18日の京都競馬場4歳400万下の条件戦、それまでゆったりしたところが合っていると判断されダートばかりを使っていたが、芝に戻して、それでも駄目なら障害競走に転向するかと大原調教師に言われていた芝2200m。

 南見が追う必要も無く馬群を縫って上がり、7馬身差の圧勝。

 そして続く藤森特別、南見は騎乗停止となっていたため鞍上は松幹まつみき永生ながおが務めたが、こちらも8馬身の圧勝。

 南見が鞍上に復帰して挑んだGⅡ鳴尾記念でもスタートで出遅れながらも、今日のジャパンカップにも出走しているマシロデュレンらを8馬身差でちぎるコースレコードでの圧勝。

 以降は金杯、阪神大賞典、天皇賞春、宝塚記念、天皇賞秋と連勝を続け今日、このレースに至っている。

 レースの初めにどんな位置に居ようと、終いには必ず末脚を炸裂させて勝ってきたタマナクロス。


 思えばタマナクロスが北海道から栗東に帰厩した頃、見知らぬうらぶれた外見の人物が大原厩舎を訪ねてきたのを見かけた時があったが、あれ以来か。

 タマナクロスを生産した牧場は、タマナロスが連敗していた頃、いよいよ資金繰りが行き詰まり破産したと南見は人伝ひとづてに聞いている。

 あの人物は債権者の目から忍んで、タマナクロスを一目見に来た破産した生産牧場の元牧場主だったのかも知れない。

 そうだとしたら、タマナクロスは消えた故郷と、その故郷を存続させようと奮闘し結果矢折れ刀尽きた人物のために走り出したのだ。


 その覚悟を、導いてやらねば。


 南見活実の目は、先頭を行くジュディズハイツを捉えている。


 海外の強豪馬たちでも、タマナクロス程覚悟の決まった馬はいない。

 このスローペースで先に前に行った馬は有利だと感じているだろうが、バックストレッチで無理なく徐々に前に上がって行き、第3第4コーナーを曲がって直線に出るまでに先頭から3馬身差に付けていれば、タマナクロスの末脚なら撫で斬れる。


 バックストレッチに出る。

 1か月前にも天皇賞秋で走った東京競馬場。

 しばらく緩く下り、バックストレッチの途中から緩い上りに変わる。

 南見活実がタマナクロスに手綱で前進気勢を伝えると、徐々にムーンラウドネスとヘッドパッシャーの間から抜け出すように前に出る。

 上りに変わる前に前方に進出し、そのままの勢いを落とさぬように坂を上り切る。

 ここから第3コーナーの半ばまでまた緩い下りになるが、そのまま下り坂の勢いつけつつ馬群の外を上がる。

 と、斜め前、トミービンの外横にいたウィズザバトラーが、タマナクロスの機先を制するかのように先に動く。


 他の馬がどう動こうとかまわない。


 南見活実は、第4コーナーをそのままウィズザバトラーの外を回っていく。






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