第17話 フジTV系列「スパーク!競馬」 




 フジTV系列で15時から16時の間全国ネットで放送されている競馬中継番組「スパーク!競馬」の、本日のトリは新潟競馬場のオールカマー。

 前の阪神競馬場のメインレース朝日杯チャレンジカップの生中継の後、一旦スタジオに戻っていたカメラが間もなく新潟競馬場に切り替わる。


 中継入ります、5秒前、3、2……


 ディレクターのキューに合わせて新潟放送アナウンサーの大束おおつかひろしは落ち着いたトーンで喋り出す。


――新潟も、秋晴れです。

――第34回の、産経賞オールカマーです。距離は右回りの2200m。

――まあこれまでは中山競馬場で行われていましたが、新潟競馬場では初めて登場する産経賞オールカマー。 

――えー、山川さん、人気のスズエレパードが一番人気、それからマキシムビューティーが2番人気、あと、僅かなところでリュウコウチャンプ、キングスターが3、4番人気ということなんですが、力量の比較というのは、どういう風になさってますか。


 大束に話を振られたのは、競馬解説者として名高い山川やまかわ幸次郎こうじろう

 山川は、1961年9月3日の中山開催全レースの単複を的中させるパーフェクト予想を達成しており、以降合計4回のパーフェクト予想を成し遂げ「競馬の神様」の異名を取っている。


――結局そのー、公営競馬とね、中央競馬の尺度が難しくてね、どういう物差し使おうかと考えたら結局無くってね、調教で最終的に決めたんですけども、やっぱりこの1番人気、2番人気というのはGⅠホースということでね、えー、キングスターも中央的に言えばGⅠホースですしね、えー、なかなかやっぱりリュウコウチャンプもGⅠホースですしね、大井の皐月賞の位置づけのレース勝ってますから。


 山川が喋っている間に画面は中継席の大束と山川から、ゲート入りする出走馬をゲート正面から捉えた遠景に移り替わっている。

 10番の枠に入る馬がゲート直前で立ち止まり、首を伸ばして身震いするような動作をしたのが注意深く見ていた者にはゲート越しに見えたはずだが、大束と山川は気にもとめていなかったようで、触れずに進行する。


――まあ距離が2200mで、(新潟競馬場の)レコードタイムが2分13秒4というのがあるんですが、これは破りそうな感じもするんですけども(笑)


――ええ、ペースが速ければね、破れるんじゃないでしょうか。ついこないだのレコードですからね。


――はい、そうですね。

――良馬場の新潟競馬場の、2200mの発走地点は、この第4コーナーです。スタートしましてから直線が、500m以上ありまして第1コーナーになります。

――最後の直線になりますと、427mです。


 発走するホームストレートを更に遠景で画面は映し出す。

 映し出されるコースの芝は緑鮮やかではあるが、晴れているのにうっすらもやがかかったようなにじんだ青空が、どことなく画面全体をかすんだような印象に見せている。

 

 再びカメラが発走ゲートを正面から移した画像に切り替わる。


――1万5千人近くのお客さんがもう既に入っています新潟競馬場です。

――さあ、ファブリックがゲートに入りました。16頭入っています。

――緊張の一瞬。


 大束がそう言うのと同時にゲートが開いた。


――ゲートが開きました! 

――第34回産経賞オールカマー、一斉に出ました中央、公営の駿馬たち!

――さあ、16頭広がっています先行争いが始まりました。

――まずはヒロノファイター、名古屋の代表グーンと上がってまいります。

――さあ先頭はやはりブランニューデイが外の方からヒロノファイターに並んできます。

――内ラチ沿いにはスズエレパードが今3番手、真ん中から今キングスターが3番手上がってまいりました。マキシムビューティはその後ろ4番手、その後ろジングウウィングが付けています。

――さあ、これが第1コーナーです、良馬場の新潟競馬場です。さあ右手にカーブを切りました。

――先頭は、逃げていますブランニューデイが先頭です。2番手にはヒロノファイター公営代表、そしてこの位置にスズエレパード3番手。

――スズエレパードが3番手、その外にキングスター、大井のキングスターが外を通っているジングウウィングです。

――その後方にマキシムビューティーが居ます。さあ、その後ろに9番がガルーダです、ガルーダの後方メークアブレイブが居ます。

――外を通っているのがスプリームボーイです。真ん中にカチノコバン。

――その後ちょっと切れました、リユウコウチャンプです。


――やはり公営の馬、ついて行けてない馬も多いですね。


――さあ向こう正面の中間点も過ぎました。

――ブランニューデイ、ブランニューデイが先頭です。





「名前くらい全部言うてくれてもええやないか」


 周囲の観客の誰かがイヤホンを使わずにラジオでTV中継の音声だけを聞いていた。

 内容が聞こえていた阿栗が不満を漏らす。

 アグリキャップはリユウコウチャンプの外、やや後ろにいた。これから愛馬の名が呼ばれると期待していただけに阿栗は拍子抜けした。


「なあ、久須美さん、先行してく作戦やったんやろ? どないしたんや安東くん」


「まあキャップはテンのスピード速いっちゅうタイプやないですから。道中おっつけてくよりも、風除けんなる馬の後ろで力溜めとくって克己が判断したんかも知れませんな」


 久須見は久須美なりに見たままの情報でそう阿栗に伝える。

 出走直後に目の前のホームストレートを走っていくアグリキャップは出遅れなくスタートが切れていたが、ハナを奪おうと積極的に前に行くヒロノファイターとブランニューデイに無理に絡んでいくことはなく控えたように見えた。

 ただ、力のあると思われる馬は皆前につけており、前残りがある新潟競馬場で後方から届くかどうか。

 久須美は少し憂慮したが、その考えに浸る暇はない。レース中ということもあるし、阿栗の隣にいるセラが隣の観客に話しかけられて返答している受け答えがある意味変に呑気で落ち着かない。


「外人の姉ちゃんが世話した馬って何番の馬のことよ?」


「黄色い帽子の10番の馬デスヨ。ハツラツっていうんデス」


「10番? あー、後ろから4番目か。お姉ちゃん、ハツラツじゃなくてアグリキャップって馬柱にゃ載ってるぞ」


「いまはコチラの阿栗オーナーが付けたアグリキャップって名前ですネ。私、ハツラツが生まれた牧場で当歳の頃から世話してたんデスヨ」


「へー、産まれた仔馬が重賞に出れるかどうか、わかるモンなのかい?」


「ウーン、ハツラツは産まれタばかりの頃、右足が外に曲がッテテ自分で立テなかっタんでスヨ。だから、コウやって元気に走ってクレてるだけで嬉しくなりまスネ」


「そうかー、大したモンだな。なら俺も馬券は買ってねえけど、気持ちだけはお姉ちゃんの馬、応援してやるぜ」


 実は阿栗たちはスタンドではなく、芝生の立見席の最前に陣取ってレースを見ていた。

 笠松や名古屋なら馬主席からレースを見守るのだが、新潟競馬場の馬主席は中央競馬の馬主会に貸与されている。

 もしかしたら地方からの出走馬の馬主も入れるように中央競馬の馬主会が調整してくれているのかも知れないが、阿栗は何となく馬主席に行くことを気後れしていた。

 なんせあの、「日本競馬の皇帝」の馬主やら、馬産の覇権を握りつつある大牧場グループの総帥がいるかも知れないのだから。

 今日のオールカマーにはどちらも出走馬を出している。

 「皇帝」の馬主はファブリック。

 覇権大牧場の総帥は、今先頭を走るブランニューデイ。

 このレースのために本人たちが新潟競馬場まで足を運んでいるかはわからないが、地方で数十万の勝ち負けで一喜一憂している自分とは住む世界が違うと阿栗は思っていた。

 見る場所を迷っていた阿栗に、セラが最前列で見ることを持ち掛け、そればかりでなく場所も確保した。


「お願いしマス、私がお世話したおウマさんが走るんデス、頑張る姿をココで見せてくださいナ」 


 そう言って最前列の観客に話しかけ、3人分の場所を確保したのだ。

 金髪美人のセラに丁寧に頼まれると、観客の男どもは嫌とは言わなかったが、代償として彼らの問いに付き合わされているのである。

 最もセラはそれを苦にしておらず、むしろ楽しんでいる様子だった。


――あと800を切る、3コーナーに入ります、先頭はブランニューデイ、依然としてヒロノファイターです、2番手。スズエレパード3番手です。


「お、姉ちゃん、オーナーさん、あんたんとこの馬、3コーナーから上がってくぞ」


「本当でース、頑張ってくださーい、ハツラツ!」


ここ新潟で届くか見ものだな。でも見せ場が作れるように応援はするぜ」


――この辺り、どうでしょうか、前の方に上がろうというところでしょうが、マキシムビューティ外から前の方に上がろうというところでしょうが、依然としましてブランニューデイです。


「スパーク!競馬」の大束アナウンサーは、4コーナーにかけて先頭集団の数頭の名を呼ぶのが精一杯になっており、それより後ろの状況は阿栗たちのいる位置からは一塊りになっているように見えて不明だ。

 解説の山川幸次郎も、ここまで口を挟まず大束アナウンサーの実況に任せている。


 こりゃあ、この競馬場を知ってる人間からしても、前の馬で決着がつく、そう思っとるのかも知れんな。


 阿栗と久須美は、漏れ聞こえてくる実況音声に焦りが募って来る。


 黄色い帽子に黄色い勝負服。

 阿栗は、こちらから見ると一塊りになって見える4コーナーの馬群の中に、安東克己の勝負服を探そうと目を凝らした。






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