死神くんと聖女ちゃん~夏休みの湯けむりダンジョン攻略~

神霊刃シン

死神くんと聖女ちゃん

夏休みの湯けむりダンジョン攻略

第1話 帰郷


 かつて、行われていたという【百鬼夜行】も、今は昔の話。

 怪異たちがむ【隠れ里】も、すっかり過疎化が進んでいた。


「楽しみですね♪」


 と俺の右隣り――窓側の席――に座っているポンコツ聖女こと『ペルセ』は、満面の笑みを浮かべる。


 大人しくしてれば、天使のように可愛らしい少女なのだが――


「俺は不安しかない」


 そう言った後、思わず溜息をく。先程までは、日本へ観光に来た外国人のように、窓の外に広がる田園風景をめずらしそうにながめていたペルセ。


 聖女というだけあって、彼女自身が【聖域】のような存在である。

 果たして、【異世界ナーロッパ】出身の聖女様を怪異たちのむ【隠れ里】へと連れて行って、大丈夫なのだろうか?


(下手をすると全員浄化されてしまいそうだ……)


 そんな俺の心配を余所よそに、


「大丈夫にゃ~♪」


 と言って俺の左隣に座り、途中の『道の駅』で購入したサクランボをモキュモキュと食べているのは【猫又】の『招木まねき珠子たまこ』師匠。


 見た目は、どう頑張っても中学生程度にしか見えないのだが、立派な成人の女性である。残念なことに、彼女の言葉に根拠こんきょはない。


 東京で仕事をしていた時も、ペルセは色々とやらかしてくれている。


「この間の『ジャク・ザ・リッパー』の時も……」


 と言って、俺は思い出す。

 〈浄化の光〉ホーリーディストラクションで一瞬にして、犯人を真っ裸にしてしまった。


 彼は殺人をすることもなく【わいせつ物陳列罪】で逮捕されてしまう。


(二年以下の懲役ちょうえき、または二百五十万円以下の罰金だっただろうか?)


「正義の前に、悪は滅びるのです」


 ペルセはそう言って、この世界にはいない【異世界ナーロッパ】の神へといのりをささげる。


「フッ! 『ジャク・ザ・リッパー』など、雑魚ザコの怪異にゃ」


 と師匠。サクランボを食べ終わったようなので、俺はウェットティッシュを使い、口許くちもとと手をいてあげた。ゴミはビニール袋へ入れる。


 一八八八年に英国『ロンドン』を騒がせた連続殺人犯も、現代の日本では立派な怪異だ。役所に申請すれば、誰でも『ジャク・ザ・リッパー』を名乗れる。


 たまに悪フザケで観光に来た外国人が登録することも珍しくはない。

 正体不明の【殺人鬼おに】ということで、資質があれば、誰もが該当するからだ。


 困ったモノである。怪異が人間社会へと普通に溶け込んでいる現代――

 『ジャク・ザ・リッパー』の一人や二人、珍しくはなかった。


(まあ、流石さすがに街中で刃物はアウトだけど……)


「ペルセに怪我がなくて良かったよ」


 そう言って、俺は彼女の頭を優しくでる。すると、


「ううっ! 私なんかに優しくしてくれるセーイチさんは【天使】です!」


 とペルセ。彼女は感動の涙を流した。

 いったい【異世界ナーロッパ】で、どんなあつかいを受けていたのだろうか?


 王太子に国外追放された事は知っているのだが、変なトラウマスイッチが入ってしまうようなので、詳しい話は聞けずにいた。


「【天使】じゃなくて【死神】なんだがな……」


 俺はそうつぶやき、故郷である外の景色をながめた。

 延々と続くような畑に山々が連なる緑の風景。


 こんな場所が怪異の巣窟そうくつだとは誰も想像すらしないだろう。

 人々にまぎれ、魑魅ちみ魍魎もうりょうが当たり前のように跋扈ばっこする現代。


 怪異の【隠れ里】は力ある怪異を政府に貸し出すことで、里の維持に努めていた。

 俺は未成年ながら、対怪異犯罪のために集められた異能集団に所属している。


 異能の力は【死神】――本来は調和のためにも、里から出ることを禁止されていた存在だった。


 だが、怪異犯罪が凶悪化する令和の時代――俺のような存在が再び必要になった――というワケだ。


 空港から高速バスに乗り、ターミナルで二時間に1本しか来ないバスを待つ。

 利用者も多くはないようで、俺たち三人は一番後ろの席を陣取っていた。


 アスファルトで舗装されているとはいえ、罅割ひびわれてガタガタになってしまった道路。時折――ガタンッ!――と大きくれるバス。


 季節は夏。北国にある【隠れ里】は東京と比べると過ごしやすいだろう。

 ペルセにとっては初めて訪れる場所なので、すっかり旅行気分だ。


 フフフン♪――とご機嫌な様子である。

 しかし、俺『鎌内かまない征一郎せいいちろう』としては、嫌な予感しかしなかった。

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