1-6 都寄

 三か月間放置されていた荷物の持ち主がようやく現れて、どう思われるのだろうか。がっかりされなければいい。部屋が手狭になるのは確かだ。


 寄宿舎内は静かなもので、部屋にたどり着くまでのあいだほかの生徒とはすれ違わなかった。この時間はみな部屋で休んでいるのかもしれない。


 扉に掲げられた部屋番号を確認しながら廊下を進む。一一〇号室が重友に宛がわれた部屋だ。一〇七、一〇八……と進み、やがて目当ての番号を見つけて立ち止まる。


 これから長いあいだを過ごす自室になるとはいえ先住民がいるためにいきなり入っていくのもためらわれて、重友は扉をノックするとしばらく待った。短い間を置いて、はい、と応答する声があり、内側で人の動く気配があった。ガチャリと扉が開かれる。


 薄くそばかすの散った素朴な少年が都寄だった。


 少し茶色がかった柔らかそうな髪の毛が寝癖のように跳ねている。実際、今まで寝ていたのかもしれない。少し腫れぼったい目をしきりとまたたいて、都寄は重友を見ていた。そこには突然現れた見知らぬ顔に困惑している雰囲気があった。


 足柄は重友が今日ここへ来ることを都寄に伝えていないのだろうか。

 そんな疑問が重友の頭をよぎったところで、都寄が何かに思い当たったようにあっと呟いて破顔した。人懐こそうな笑みだった。


「もしかして同室の?」

「あ、ああ、うん。そう。俺、重友だ。君がその、都寄くん?」

「都寄でいいよ。そうか、そういえば今日から来るって足柄先生が言ってたな。うっかりしてた。よろしく、重友。いつまでもそんなところに立ってないで、どうぞなかへ入って。君の部屋だ」


 どうやら重友の憂慮は杞憂に終わった。

 都寄は部屋が賑やかになることを喜び、重友が来たことを歓迎した。


 部屋には寝台と机が左右対称に並べられており、右側の布団に寝乱れた跡があった。机の上には万年筆や教科書、それに便箋が広げられている。きっちりと封をした封筒が机の隅に置いてあるから、手紙を書き上げたあと寝台で休んでいたところだったのだろう。封筒はずいぶんと分厚い。実家に宛てた手紙だろうか。


 三か月前に重友が送った荷物は部屋の左側に寄せてきれいに積んであった。長いあいだ放置されていたにしては埃が積もっている様子もない。都寄が気にかけてこまめに払ってくれていたのかもしれない。


「俺、右側を使わせてもらってるんだ。重友、そっちで大丈夫かな」

「どっちでもそう違いはないから大丈夫だよ。それに俺はあとから来たんだし、都寄が好きに選んでくれてかまわないよ」

「重友はどこの出身?」

「東区」


 異世の中心街は、中央区、東区、西区、南区、北区に分かれている。異世第一高等学校を受験するものは中心街の出身が多い。重友も多分に漏れず、そうだった。


「都寄は?」

「俺は地方からなんだ」

「そうなんだ。珍しいね」

「みんなそう言うよ。それより、今まで入院してたんだって?」

「ああ。手術をしてね」

「それは、大変だったろう。もうすっかりいいの?」

「おかげさまで」

「何かわからないことがあれば遠慮なく訊いてよ」

「ありがとう。助かるよ」


 そこで寄宿舎内にボーンという鐘の音が鳴り響いた。存外に大きな音で、驚いて思わず身をすくませた。懐中時計を確かめるとちょうど六時になったところだ。

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