1-2 町に蔓延るもの

 実際には町への行き来は自由なので幽閉されるわけではないのだが、交通の便が悪いのは確かだろう。異世第一高等学校からいちばん近い山麓の町までであっても、ゆうに徒歩で三十分はかかる。

 それでも卒業すればほぼ確実に安定した職が保証されているようなものだから、年々入学の倍率は上がるばかりである。灰雅のブランド力も強い。


 重友は溜息をつき、またぞろ歩きだした。

 ぐっと足先に力を込める。


 学校までの道のりはあまり整備がされていないものの、歴代の学生たちが踏み固めた年月のおかげで足元はそう悪くない。荷物も貴重品程度だったが、これは少し持ち重りがした。肩にかけた鞄の位置を変えて負担を逃がす。

 いちおう舗装された道も存在はするのだが、ひどく大回りになる。道幅も広くないから小さめの車一台がぎりぎり通れるといったところだ。


 もっとも、車は異世では高級品である。所持しているのはよほどの富裕層だろう。

 たいていはみな徒歩か公共バス、遠方へは列車で移動する。ちなみに異世第一高等学校まで向かうバスは存在しない。


 試験に受かって寄宿舎へ入ることが決まってから、日々の生活に必要な荷物や教科書のたぐいは早々に送ってあった。衣類や下着などの予備はあったから入院生活で困るようなことはなかったが、送った荷物は三か月のあいだ持ち主不在のまま部屋に放置されていたことになる。


 寄宿舎は二人部屋だから、重友と相部屋の相手は得体の知れない同居人の荷物とこの三か月間寝食をともにしていたのだろう。そう思うと少々申し訳ない。それとも案外、一人きりの部屋を悠々自適に過ごしていただろうか。


 母は未だ重友の体調を心配して、息子を一人寄宿学校へやることをずいぶんと渋っていた。重友は一人っ子だからよけいに気懸きがかりなのだろう。

 だが重友は何としてでも異世第一高等学校へ通いたかったから、父とともに説得した。親元を離れて荒波に揉まれるのもよいだろう、と父は磊落らいらくに言った。父のほうは重友に対していくぶん放任主義だった。卒業すれば安定した職が約束されているようなものである、と父の言葉に重ねて重友は訴えた。

 二人の男の主張に、母はようやく折れて渋々重友を手放した。


 無事に学校へ通えることになり、重友はほっと胸を撫で下ろした。

 ここへ受かるのにどれほど血反吐を吐く思いで勉強に励んだことか。何より、親元を離れての寄宿生活は砂糖菓子のように甘い魅力だった。両親のことは大切に思っているが、ときおり疎んじるような感情が芽生えてくるのも思春期特有の道理だった。


 重友は歩く速度を少し早めた。人の気配はなく、木々に囲まれた周辺はかなり不気味だった。葉っぱが擦れ合うかさかさというわずかな音を耳にして、よからぬ考えに取り憑かれる。


 物陰から今にも何かが飛びだしてくるのではないかとひやひやする。


 それは野生動物ばかりではない、何か得体の知れないものどもかもしれない。

 重友はまだ見たことはなかったが、異世ではに遭遇したという噂話には事欠かなかった。


 例えば数日前に暴漢に襲われて死んだはずの娘がの姿で夜道にぼんやりと立っていたとか、野良犬が徘徊していると思っていたら道に落ちた影が恐ろしい異形のかたちをしていたとか。


 いずれも都市伝説のようなものだが、人々のあいだではまことしやかに囁かれている。

 今だってあの葉っぱの隙間からそれらが重友の様子を窺っているのかもしれない。


 自分の妄想で心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。重友は慌てて胸に手をやり、落ち着かせるように何度か撫でた。


 心臓の異常は手術ですっかり恢復かいふくしたはずだったが、鼓動が早くなるとこのまま呼吸困難に陥って昏倒するのではないかという不安がどっと押し寄せてくる。一度その不安に取り憑かれると、心を落ち着かせるまでにしばらくかかる。加えてまだ疲れやすく、すぐに息切れもする。これは徐々に慣らしていくしかあるまい。


 それからもうひとつ気懸かりなのは、目のことだった。

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