第一部

1-1 遅れた入学

 異世いせ第一高等学校は首都異世を見渡すようにそびえる小高い山の山間に建つ。


 五区に分かれた中心街と、その周辺を囲むように連なる小さな町々が異世を形成している。


 第一高等学校のある山麓の町は異世の北端に位置する。山から流れ下る川は山麓からはじまり、異世の町の中心へと続いている。異世川いせがわと呼ばれるこの川は生活用水として利用され、異世の人々の営みに必要不可欠な存在だ。


 有望な人材の育成と確保のためと銘打って灰雅はいがグループが五年ほど前に設立したこの第一高等学校では、卒業後は何かしらの花形として第一線で活躍する機会が多く、「異世第一」の出身であるというだけで箔がつくから入学希望者は多かった。二階建ての木造校舎と、寄宿舎を備えている。


 出資元の灰雅グループは急速に需要が増えはじめた電力事業をいち早く扱ってその資産を肥やすと、その後は金融業界などへ手を伸ばし、さらにありとあらゆる事業へ進出していった。今現在も着実にその勢力を伸ばしつつある。

 政治経済に多大な影響を与える存在となった灰雅グループとパイプの繋がっていない企業はないのではないかと囁かれているほどで、大企業による高等学校の設立は当時ずいぶんと話題になったものだ。卒業生はこの関連企業への就職率も高い。


 重友しげともは受験戦争でこの狭き門を勝ち抜き、晴れてこの春から異世第一高等学校へ通う予定であったのだが、今は春も終わりを告げて初夏へと移るころである。


 急な入院のため、重友の入学は三か月先延ばしになった。むろん、学校も授業を受ける前から休学である。


 これまで大きな病気とはついぞ無縁だったはずの重友が激しい動悸を訴えて病院へかかったのは中学校を卒業してまもなくのことだった。

 検査をして心臓に異常が見つかり、あれよあれよという間に入院する運びとなった。腕のいい医者の手がたまたますいておりすぐさま手術ができたことは僥倖ぎょうこうだったに違いないのだが、新生活の幸先としてはいくぶん不穏だった。


 ぴっちりと留めた詰め襟とシャツの裏、鎖骨の下あたりから真ん中をまっすぐ貫くように縫合痕がある。


 手術のため胸を切り開いたあとである。


 傷口はすでに癒えて皮膚はきちんと塞がってはいるが、すべて元どおりというわけにはいかない。天候によっては未だに傷痕に疼きや痛痒をもたらす。


 今日はまだ我慢できないほどの症状はなく比較的おとなしいものだったが、うっすりと掻いた汗が縫合痕に溜まって染みこんでいくような、何とも言えない不快感があった。

 重友は立ち止まって詰め襟の胸のあたりをシャツごと掴むと、胸元に空気を送るように上下させた。


 ようやく入学の目途が立ち、第一高等学校を目指して山の急勾配を登っている最中だった。


 灰雅グループが学校の設立にあたってなぜ首都の中心部ではなくこのような北端の山間を選んだのかはわからないが、首都異世を睥睨へいげいするような山の佇まいはある種の威厳を感じさせる効果はあった。


 それとは別に「牢獄」とも揶揄されている。


 山の上に学生を閉じ込める牢獄だ。

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