3-5 この世ならざる少年

 幸いにもそれはすぐに治まり、ゆっくりと唾を飲みこんで必死に気持ちを落ち着かせる。

 例の視力の不調がここで出たのか、この場の重苦しい空気の重圧に耐えられなくなったせいなのかはわからない。


 目の前の四人が重友の異常に気がついた様子はなかった。四人で目配せしあっている。重友の処遇を決めているのだろうか。取って食われるかもしれない。思わずそんなことを考えて重友は卒倒しそうになった。さすがにないと思いたい。


「それで、」

 切りだしたのは先ほど重友と目が合った長身の少年だ。すっきりとした短髪で、眉毛が濃くくっきりとしている。


「お前はこんなところで何をしていたんだ?」

「あ、あの、」

「何だ。もじもじしてないで早く喋れよ」

「そう威嚇するなよ、厚海。彼が怖がってる」

「俺は別に威嚇なんかしてない!」

「ほら、それ。それがいけないんだ。せめてもう少し声量を落とせ」

澄清すみきよはいちいち口うるさいんだ。俺の親父かよ」


 重友がまごついて答えられないでいると、細面の少年が二人のあいだに入って助け船を出した。どうやら細面のほうが澄清、背の高いほうが厚海という名前らしい。

 澄清が重友のほうを向き、にっこりと笑いかけてくる。


「いや、悪かったね。は常時こんなふうなんだ。だからあまり気にしなくていい。それで、君はこんなところで何をしていたの?」


 これ呼ばわりされた厚海が不服そうに澄清を睨んだが、口を挟んでくることはなかった。重友は極力澄清だけを視界に入れるように努めて質問に答える。


「その、倶楽部を見学しようと思って」

「なるほど」

「何だお前、入部希望なのか」


 うんうんと頷きながら重友の話を優しく聞く澄清の横で、厚海ががなる。声量に驚いて重友はこわばり、すかさず澄清が厚海の脇腹を肘で小突いた。そういうところだぞ、と言いたげに横目で厚海を睨んでいる。怒られた厚海は渋面をつくってまた黙りこんだ。


「……そういうわけでは、」


 口論の声に興味をそそられて覗き見をしただけであって、ここで倶楽部活動が行われているとさえ思っていなかったのだ。何やら面倒なことに巻きこまれてしまったようだ。重友は先刻の自分の好奇心を恨んだ。


 入部希望かと訊ねてくるということは何かの倶楽部の集まりなのだろうが、いったいここは何の倶楽部なのだろう。そもそもそれすらわからないのだから、入部するも何もあったものではない。


 見る限り、部屋のなかには長机と椅子が数脚あるのみのようだ。これだけで倶楽部内容を推察するのは難しい。何せ異世第一は奇妙奇天烈な倶楽部だらけなのだ。


「君は一年だね」


 それまで黙って重友たちのやりとりを眺めていた端正な顔立ちの少年が一歩前に出てきて、重友の傍に寄った。至近距離でその顔を前にして重友はどぎまぎする。この世ならざるものなのではないかという考えを、まだどこか拭い去れないでいる。


「はい」

「見慣れない顔のように思うけれど……」


 一学年一クラスずつしかないために、学年が違ってもだいたいの生徒の顔は把握しているのだろう。教室も同じ一階だから、廊下ですれ違うこともある。


「実は最近まで休学していて。ようやく目途が立って、復学したばかりなんです」


 重友は慌てて説明をした。


「なるほど、それで。倶楽部見学ということは、君はまだどこの倶楽部に入るのかは決めていないのかい」

「ええ、そうなんです」

「何か希望は?」

「特にはないんです。それで、あの、とても迷っていて。とりあえずあちこち見学してみようかと思って」

「それならぜひ君に、うちの倶楽部へ入部してもらいたいな」


 紫がかった睛がまっすぐに重友を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る