3-3 言い争う声

 いくつかの教室からは人の気配があり、倶楽部活動が行われているのだろうと思われた。教室の扉に倶楽部名の書かれた紙が貼られているところもあったが、なかなか扉を開けてなかへ入る気にはなれなかった。


 どの倶楽部に入るべきか、実に悩ましい。


 栗栖のように明確な将来の目標が定まっているのであれば入部先を選ぶのもたやすいだろうが、残念ながら重友にはまだ具体的な展望はない。重友がこの第一高等学校を選んだ理由は、箔と将来性と、それから寄宿生活という甘い砂糖菓子の魅力だ。栗栖から見れば都寄と大差ないかもしれない。


 そして重友が倶楽部に入る当面の目的は、同志を得て交友関係を広げることにあった。


 そのためには自分で同好会を立ち上げるよりも今あるどこかの倶楽部に所属するべきだろうし、何より今さら同好会を立ち上げようと思ったところでこうも後れをとってしまっては規定人数の二人を満たすことさえ難しいだろう。


 であれば、部員数の多い倶楽部を選ぶべきなのだろうか。


 しかし人数が多すぎても個々の人間関係は希薄になりそうだし、何より重友はそこまで倶楽部活動に熱を入れたいわけではなかった。どちらかといえば緩く楽しみたい。やはりあまりに部員数の多い倶楽部を選ぶべきではないように思う。この案配が難しい。


 思案しながらぎしぎしと悲鳴を上げる廊下を進む。この耳障りな廊下の悲鳴はどれだけゆっくりと歩いてもやむことがなかった。


 一階を歩き終え、二階へと向かう。


 この間、重友は結局まだひとつも倶楽部の見学をしていなかった。扉に貼られた倶楽部名を眺めながらたんに校内を散策しただけだ。己の行動力のなさに苦笑しつつも、興味を惹かれる倶楽部がなかったのだからしかたないのだと自分を正当化する。


 二階でも同じようなものだった。

 倶楽部名の書かれた紙を見ても立ち止まることなく重友は素通りした。


 足柄は一週間以内には入部届を出してほしいと言っていた。

 つまりは、一週間は悩む猶予があるということだ。何もあせってこれからの学校生活を定める必要もない。もっともらしくさらに自分を正当化する。


 それは廊下を突き当たりまで進んだところだった。


 突然、廊下の悲鳴よりもひときわ大きい音が重友の耳に飛び込んできた。人声だ。思わず立ち止まって耳をそばだてる。


「それじゃあ厚海あつみは、おれが独りになればいいと思ってるのか」

「そうは言ってないだろう。どうしてそう曲解するんだ」

「結果的に、同じだ」


 激しく言い争っている。

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