3-2 栗栖の夢

 放課後、栗栖と少し話す時間があった。


 早々に寄宿舎に戻っていく都寄を見送っていると、一緒に戻らないのかと声をかけられた。重友はこれから倶楽部見学をしようと思っていることを話し、その流れで、どの倶楽部に所属しているのかを栗栖に訊ねてみたのだった。


 新聞部は一週間に一度、新聞を発行しているのだという。そういえば廊下の掲示板に新聞が掲示されていたのを昨日職員室へ向かう途中で見た記憶があった。新聞部はきちんと機能している正式な倶楽部のようで、部員の数も多い。


 栗栖は将来、新聞記者になりたいのだと語った。


「俺もいずれは兄さんみたいな特ダネ記事を掴むんだ」


 異世第一高等学校を運営する灰雅グループは直接的に新聞事業を行っているわけではない。ただ、異世第一高等学校の卒業生であるという肩書きはどこへ行っても有利に働く。


 何より栗栖の兄がこの第一高等学校の出身なのだという。第一高等学校設立後、記念すべき第一号の生徒として入学したらしい。

 栗栖は兄をなぞって同じ高等学校を受験したのだ。


 栗栖の兄は、今は明明めいめい新聞社で第一線の記者として活躍しているという話だ。

 明明新聞社は最大手の新聞社である。たしか重友の実家でも明明新聞社の新聞をとっている。なかなか硬派な記事が多い。


「今度新聞を読むときは、胡桃くるみという名前をよく覚えておけよ」


 それが栗栖の兄の名前らしい。


 将来の夢や自身の兄についてやや興奮した口振りで語る栗栖は、昼間色恋の話をしていたときの冷ややかな態度とは異なり瞳に強い光があった。弁当を食べながら事件がどうこうと言っていたのはこういうことだったのだろうと重友は理解した。


 よければ新聞部に入部してはどうかと勧誘されたが、返事は保留にしてある。倶楽部活動の内容云々というよりは腹に一物ありそうな栗栖の雰囲気がそうさせた。夢を語る栗栖には年相応の無邪気な一面も感じられたし、おそらく根は悪いやつではないのだろう。ただずっと顔を突き合わせているとなぜだか気詰まりしそうなのだ。


 せっかく重友を気にかけてくれている数少ない同級生の一人だというのに。


 こうして頻繁に重友に話しかけてくれるということは、少なくとも悪い印象は持たれていないということだ。


 栗栖と別れてから、掲示板に貼られた新聞は早速読みにいった。内容は学校行事についてや校庭の花壇の千日紅せんにちこうが咲いた話、休日に寄るべき麓の菓子屋五選など多岐にわたっていた。紅白堂こうはくどうの婆さんはうまいことおだてると菓子をおまけしてくれる、などとある。


 隅のほうに足柄に先生としての意気込みをインタビューした記事が載っていて、文末に栗栖の名前が記されていた。よくまとまりがあり、文章もこなれていたが、これはきっと栗栖の求める特ダネ記事とはほど遠いのだろう。


 ひととおり新聞を読み終えると、重友は倶楽部見学を再開するために廊下を進んだ。

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