2-2 都寄が消えるわけ

「逢い引き?」

「あいつあれで、お盛んだからな」

「お盛ん、」

「ずいぶん入れ込んでるみたいだぜ」

「入れ込んでる、」


 栗栖はすっと目を細めて重友の顔を見つめると、急にこちらへ身を乗り出してきた。突然間近に迫ったその顔に重友がまごついていると、栗栖はおかしそうにふっと噴きだす。


「お前、さっきから鸚鵡返しばっかだな。おっかしいの」


 重友は自分の頬が熱くなるのを感じた。からかわれている。ころころと笑う栗栖を見て、やはり猫みたいだ、と思う。


「ごめん。ちょっと、びっくりして。それより、逢い引きって、」


 異世第一高等学校は男子校だ。


 栗栖の言うように校内のどこかで逢い引きしているとして、ならばその相手も男ということになる。相手がこの学校の女教師というのであれば話はまた別だが。


「ああ、少しからかった。逢い引きって言っても本人とじゃない。手紙だよ」

「……手紙? 都寄はどこか人目のつかない場所で手紙を読んでるってこと?」

「まあ、そういうことだな」


 栗栖は、都寄には高等学校入学以前から付き合っている彼女がいて、その彼女としょっちゅう文通をしているのだと説明した。都寄は地方の出身だという話だったから、第一高等学校入学を機に離ればなれになったのかもしれない。彼女は地元に残ったのだろう。異世第一高等学校に受かって、都寄は一人、異世へやってきたのだ。


 異世での通信手段は手紙が主流だ。電話も一般家庭に徐々に普及しはじめているが、ない家もまだ多い。

 第一高等学校では職員室と舎監棟にそれぞれ一台ずつ設置されているものの、学生が利用するには許可が必要だ。それも使用しているあいだはずっと後ろに先生が立ち会っているから、下手なことは話せない。恋人との長電話などもってのほかだ。文通が妥当である。


 都寄が手紙をしたためているのは昨日、部屋で見た。重友は実家に宛てた手紙だろうと予想していたのだが、それではあれは恋人に宛てたものだったのだ。


 目の前の栗栖ならまだしも、まさか素朴な少年といった風情の都寄に真っ先にそのような話があるとは思いもしなかった。


「自分宛ての手紙が来ていないか、あいつ、四六時中気にしてるんだ。来てたら小躍りして何度も読み返してる。授業中だって授業そっちのけでしょっちゅう気もそぞろになってるぜ。せっかくいい学校に入学したってのに、色恋にうつつを抜かして何してるんだろうな。いくら卒業後は安定した職が約束されているようなものとはいえ、胡座を掻いてちゃ泣きを見るだろうに。……まあ、他人の俺がとやかく言うことじゃないだろうが」

「……そうなんだね、」


 ほかに何と言えばいいのか考えあぐねて、重友は結局当たり障りのない相槌を打っただけだった。栗栖が何か言いたげに重友に視線を寄越したが、口にはしない。会話に張り合いのないやつだと思われているのかもしれない。


「その、栗栖……は、」

「うん?」

「栗栖はそういう話はないの?」


 つまらないやつだと切り捨てられるのがいやで何とか話の接ぎ穂を探したのだが、発展させるにはあまり向いていない話題だったと重友は口にしてから後悔した。


 栗栖は少し冷ややかな視線で重友を見た。色恋にはしゃぐ同類と見做されたのだろうか。


「俺は女に興味はないね」

「……へ」

「誤解するなよ。別に男に興味があるって言ってるんじゃない。俺が追っかけたいのは女の尻でももちろん男のそれでもなくて、事件だけだ」


 何だかきな臭い話になった。


 事件とはどういうことなのかと訊ねようとしたところで、今度は栗栖から重友の浮いた話を訊ねられ、結局有耶無耶になった。栗栖が重友の色恋話に興味があるとはとうてい思えない。たんにやり込めたかっただけだろう。その狙いどおり言葉に詰まって慌てふためく重友の様子を、栗栖は先ほどよりもあからさまに冷えた目で見ていた。


 もちろん重友に浮いた話はない。

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