2-1 栗栖
学業の遅れにばかり気を取られていたが、問題はそれ以外にもあったことを重友は翌日早速思い知らされた。
食堂に顔を出したことでだいたいの同級生とは昨日のうちに面識ができており、朝一番の教室内で変に注目を浴びることがなかったのはありがたかった。
ただ授業がはじまる前に足柄が重友を手招き、教壇の横に立たせて紹介と入学が遅れた事情を説明しているあいだは視線が一斉に集中してどうにも居心地が悪かった。
重友は少し俯き、教室じゅうから突き刺さる視線で全身がむずむずするのを黙って耐えた。足柄はよかれと思ってやってくれたのだろうし、概ね暖かく迎え入れられたので文句は言えない。
授業にしてみても事情を把握している教師陣は何かと重友を気遣ってくれたし、足柄がまとめてくれたプリントもずいぶんと役に立った。
気懸かりだった目のことも、今のところは心配なさそうだ。
黒板から近い席だから板書はよく見えたし、何より急に視界が霞むような現象も学校へ来てからはまだ一度も起きていない。重友の学校生活の滑りだしは悪くなかった。
だからといって、いきなり教室に溶け込めるわけではない。
重友が軽んじていた問題はそこだった。
重友が休学していた三か月のあいだにおおよその交友関係はすでにできあがってしまっていて、遅れてきた重友がここへ割って入るのは至難の業だ。
これが世渡りのうまい性分であれば違ったのかもしれないが、重友はもともと社交的な性格ではない。自分から積極的に相手と関わりあっていくような気骨さはなかった。できるだけ波風を立てず、ひっそりと穏やかに過ごしたい保守派なのだ。
幸い同室の都寄があいだを取り持ってはくれたが、三か月のあいだの埋まらない空白を取り戻すのにはだいぶ時間がかかりそうだ。
何せ重友の知らない話がどんどん出てくる。話題についていけないことがままある。
最初のうちは気を遣って重友にあれこれ説明をしてくれていた都寄も、話に熱中しだすとしだいに疎かになった。
だからといって都寄を責めることはできない。それは都寄の好意であって義務ではない。
重友はしかたなく、輪に加わっているふりをしながら愛想笑いでその場を凌いだ。
それに、都寄にしたって四六時中重友と一緒にいるわけではない。
午前の授業が終わって、昼時になったときだった。
朝夕は寄宿舎の食堂に会するが、昼は弁当が配られて教室内で食べることになっている。食堂のある生活棟へ行くにはわざわざ校舎を一度出る必要があるから手間だし、昼だけは全校生徒一斉のため、混雑を避ける意図もあるのだろう。
重友は都寄に誘われて弁当を一緒に食べたのだが、いざ食べはじめると直前までの穏やかな雰囲気とは異なって都寄はものすごい勢いで弁当をかきこみ、何やら落ち着かない様子で脱兎のごとくそそくさとどこかへ消えていった。
重友は学校内のことでも訊ねてみようと考えていたのだが、都寄は会話を楽しむ様子もなく一心不乱に弁当を貪っていて、もはや自分で重友を昼の仲間に誘ったことさえ忘れているかのようだった。
「逢い引きしに行ってるんだよ」
あまりの勢いに呆気にとられて思わず手が止まっている重友をおかしそうに眺めながら、同じく一緒に昼食を囲んでいた同級生の一人がそう説明をする。
確か
猫のような目をしていて鼻筋のすっと通った女好きしそうな風貌の少年だが、どこか読めない雰囲気があって重友は第一印象からして少し臆していた。腹に一物ありそうだな、と重友は自分を見つめて笑う栗栖の整った顔を眺めながら失礼にも思った。
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