1-4 寄宿舎
「そう緊張しなくていい」
「はあ、」
足柄が重友を振り返って笑う。よほど態度が硬かったのだろう。入院生活が長かったため、こんなふうに他人と話すのは久方ぶりだった。
入院中、同室だったのは枯れ木のような老人一人きりで、彼は一日のほとんどを寝て過ごしていたから重友はほとんど一人のようなものだった。たまに起きているときは昔話を滔々と語り、重友が口を挟む隙はなかった。
いつの間にか重友よりも先に病院からいなくなっていた。老人がどのような理由で入院し、どのような理由で病院を出ることになったのかは、重友のあずかり知らぬところだ。
ほかの教諭はすでに自分の仕事に戻っており重友に集まる視線はもうなかったが、人の多い雰囲気には少し酔いそうになる。日常生活の感覚を取り戻すにはしばらくかかりそうだ。
足柄は隣の席から椅子を持ってくると自分の机の脇につけ、重友に座るよう示した。別の教諭のものだろうが無断で拝借していいのだろうか。ちらと気になったが結局重友は黙ったままでいた。
おとなしく用意された椅子に座る。見たところ椅子の主は不在のようだし、足柄が座れというのだから差し支えはないのだろう。
足柄は自分の机の
どうやら目当てのものはいちばん下の抽斗の奥に紛れていたらしい。あった、あった、と呟きながら分厚い紙の束を引っ張りだし、軽く表面をはたくとそれを重友に寄越した。
受け取って見てみればこの三か月のあいだの授業内容をまとめたプリントのようだ。これは素直にありがたい。入院中に自習はしていたものの、授業の進み具合はわからなかったし限界があった。
「重友はずっと入院していて授業が三か月も遅れてしまったからね。それが少しでも役に立つといいんだが」
「とても助かります」
重友は礼を言ってぺこりと頭を下げた。
プリントは足柄が手ずからまとめてくれたものなのだろう、几帳面な文字が紙いっぱいを埋めている。よさそうな担任で安堵する。
「そういえば体はもう、すっかりいいのか」
「おかげさまで。激しい運動はまだ少し不安がありますけど」
「ふむ。当面は体調と相談しつつ授業を受けたほうがいいかもしれないね」
「はい」
「何かあれば僕もサポートするから、遠慮なく言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
それから足柄は校舎内の施設や寄宿生活についての説明をはじめた。
異世第一高等学校では一学年は一クラスずつしかないので、教室はあいだに多目的教室を挟んで三学年分、すべて一階にある。一クラスの人数は四十名ほどだ。つまり試験に合格する人数も四十余名ということだから、難関なわけである。
音楽室や理科室、図書室などの施設は二階に集約されている。ただし今、重友と足柄が話している職員室は一階だった。
教室内の重友の席を訊ねてみると、廊下側のいちばん前という答えが返ってきた。懸念事項がひとつ解消されてほっとする。
「不都合があるようなら、席替えも検討するが」
「いえ、むしろ前の席がいいんです。最近少し、視力に不安があって」
「そうなんだね」
足柄は頷き、寄宿舎の説明へと話題を移した。
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