第3話:電脳幻愛的幽灵

宣伝広告のおかげで、電脳幻愛の新規登録者数は、ローンチから3か月で倍以上に増加した。業績の進捗は申し分なかったが、新規の登録者数に陰りが見え始めた頃、前澤が僕のデスクにやってくると腕を組みながら捨て台詞を吐いていった。


「成長性が鈍化することは目に見えてる。羽鳥くんね、あまり調子に乗らない方がいい。御託を並べる前に、われわれに恥をかかさないよう、せいぜい努力することだな」


 薄汚れた言葉を適切に処理できるほど、僕に心のバッファーがあるわけではない。だから、コンビニエンスストアで缶ビールを2本だけ買った。


 会社から私鉄で20分ほど、東京の郊外にある小さなアパートで、僕はスマートフォンの液晶画面を眺めている。


 これまで、自分で開発したアプリケーションを個人の端末にインストールしたことはなかった。とはいえ、電脳幻愛の新規登録者数が減っている原因を調べるには、自分で使ってみたほうが効率的かもしれない。ユーザビリティーに問題があるのならば、早期に改善する必要がある。


 僕はスマートフォンに電脳幻愛をダウンロードすると、見慣れたガイダンスに従っていくつかの個人情報を登録し、人工知能が生成する理想の恋人とやらの登場を待っていた。


 しかし、通常なら数分で生成される理想の恋人が、いくら待っても現れない。それどころか、液晶画面に触れてもスマートフォンが何も反応しなくなってしまった。何が原因か分からないがフリーズしたようだ。しばらく待ってみても回復せず、僕は諦めてスマートフォンをガラステーブルの上に置いた。


 冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出すと、ベランダへと続く窓を開けながらプルトップに指をかける。夜風はまだ冷え切らない。夏の湿気が頬にまとわりついていく。


『御託を並べる前に、われわれに恥をかかさないよう、せいぜい努力することだな』


 そんな前澤の言葉と、父親の言葉が綺麗に重なってしまうから、僕は彼が苦手なのだろう。


『お前は親に恥をかかせる気か?工学部に行って、将来なんの役に立つというんだ』


「誰かの役に立つってどういうことだろうか……。まあ、とにかく明日にはバグを修正しないと。しかし、せいぜい努力しろって……。僕はいつだって、自分なりには努力はしているつもりなんだけれども」


 夜街の喧騒は昼間ほどではないけれど、風に交じって様々な音が聞こえる。列車の走行音もその一つだ。僕の目的地はどこだろうか。線路など存在しないこの世界で、歩むべき道を明確に定めることなんて難しい。


「へこむなぁ……」


「叩かれたからといって、へこんでしまうことはないわ。あれだけ叩いて卵を泡立ててもケーキはふくらむもの」


 首筋から口元にかけて鳥肌が走り、同時にガラステーブルの上に置きっぱなしになっていたスマートフォンに近寄る。液晶の画面には電脳幻愛が生み出した理想の恋人が浮かび上がっていた。

 見覚えのある容姿の彼女は、自分を「高野舞」と自己紹介した。スマートフォンを握る僕の右手は小刻みに震えていた。

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