第2話・いっちょやったりますかぁ!



「あっ、弥子やこちゃん!」

美智花みちか

 のべつ幕なしに愚痴を重ねる私達の遥か前方から、二人の女生徒が歩いてきた。

 私の名前を呼びながら大手を振り、ぴょんぴょん跳ねるように近づいてくるのは、志伏しぶせ 美智花みちか。ピシッと固められた前髪から威風堂々に出ているおでこは誠実さを、三つ編みで纏めた艶やかな黒髪と縁の薄い丸メガネが品の良さと真面目さを強調している。

 制服もきちんと指定通りに着こなしており、今この瞬間に写真を撮ったとしても、それをそのまま履歴書に貼って使えるだろう。

「今日も暑いねぇ。でも明日から夏休みだよ、楽しみだね、弥子ちゃんはやっぱり予定でいっぱい?」

 正反対の格好をした私にも、その人懐っこい笑顔は容赦なく向けられる。うさぎ……いや、子鹿かな。とにもかくにも愛くるしい。

「んーん。暇だよ。忙しい美智花と違って」

 私達は一応、幼馴染という関係のはずだ。家隣だし、同い年だし、物心ついた時から一緒にいたし。

 親同士も「貧乏人と付き合うな」「銭ゲバと付き合うな」と互いに冗談交じりで罵り合う程仲が良く、私達はなにかと一緒に行動をしていた。

 私は美智花に不真面目と貧乏を教え、美智花は私に真面目と裕福を教えてくれた。

 だのに今現在私達を大きく隔てている差について、何も思わないわけではないけども。

「初めまして猫島ねこじまさん。噂はかねがね」

 美智花の隣に佇み、右手は差し出してきた女子のことは初対面でも知っていた。学園始まって以来の才媛と名高い、氷浦ひうらすい。心配になるくらい肌が白く、不安になるくらい視線が鋭い。

 同じ学校、同じ学年でも、向こうは特進コースのツートップ二人でこっちは要注意リスト入りの岡猫コンビ。頂点と底辺の邂逅といったところか。

「名字で呼ばないで。あんま好きじゃないから」

「では、弥子さん」

 一応手をとって握手を交わすと、氷浦はぐぐっと力を込めて私に言う。

「沙幸共々、これからよろしく」

 なんだろう、すごく……敵意を感じる……。

「志伏さん、行こう」

「あっうん。それじゃあね、弥子ちゃん。夏休み予定合ったら遊びに行こう!」

「うん。期待しとく」

 できるわけないけど。

 生徒会に勉強にボランティアになんやかんやにで美智花は私なんかとは比べ物にならない程忙しいだろう。私のために時間をとってくれるとは考えられない。

「沙幸、またね」

「……ん」

 私達の脇を通り過ぎ、二人の足音が遠く、離れていく。

「はしゃいじゃって。美智花ちゃんってにゃん子のこと超好きだよね~」

「氷浦だって。『沙幸共々』って言ってたよ。さゆ、大切にされてるね~」

 窓枠に寄りかかり、燦々と降り注ぐ太陽光の下、泥まみれになって練習するソフト部を何気なく眺めた。少し、羨ましい。

 目標のために一所懸命頑張ったのって、いつが最後だったかな……。

「「…………」」

 予期せぬ妙な沈黙が生まれてしまい、とりあえず歩き出した私と立ち止まったままの沙幸。そのあいだを埋めた一言に、思わず私も立ち止まった。

「好きなんだよね」

「…………はぃ?」

「氷浦のこと」

「…………ほぅ?」

 これはこれは。出会ってから三ヶ月、いくらでもくだらない話をしてきたさゆの口からまさか恋バナが飛び出すなんて。

 なにかのスイッチが入ったように気分が上がり、鼻息荒く隣にぴったりとくっついた。

「急にごめん、今からベラベラ喋るから……にゃん子に背中、押してほしい」

「よしきた、任せな」

「もーさ、ずっと好きなんだよね、もうずっと。あのなんか……超然とした感じ? 生まれも育ちもエリートなんだろうけど、抜けてるとこあるし、変なとこもあるし……そこが可愛いし……」

「ほうほう!」

「同じ学校入りたくてさー、勉強頑張ったんだよね」

「っ」

 おっと……? それは私も同じだ。私も美智花を追いかけて……頑張った……。

「頑張ってさ、一緒のとこ入れたのはいいよ? でもここレベル超高いじゃん? 頑張れば頑張るほど差を感じちゃってさ。絶対に乗り越えられない壁が見えてきちゃったというか……」

「わ、わかる……!」

「もういっかーって諦めようとしたんだけど、どうしたって諦められないし。そもそもそんな簡単に諦められるなら好きとか思わなくない?」

「わかるわかる!」

「たちが悪いのはさ、向こうもそういう素振り見せてくるところだよね。期待していいのかな、って思っちゃうし。向こうも同じ気持ちなのかな? って。でもそれに寄りかかって安心できる程自分に自信ないしさ……」

「わかるわかるわかる!」

「まぁなんつーかさ、結局私は……私が氷浦あいつの一番だっていう、確証が欲しい」

「わかるぅ~!!!」

「やっぱにゃん子も同志だったか~。……聞いてくれてありがとね。なんかスッキリした。青空の下で暴露って気持ちいいもんだね」

「さゆ、そんだけ言っておいて今更嘘つかないで」

「っ……」

 びっくりした。なんか、知らないうちに涙出てた。泣いちゃった。いやだって、わかるんだもん、痛いくらい、さゆの気持ちが。まるで私の全部を代弁されたみたいで、情緒がやばい。

「スッキリなんてしてるわけない、私なんかに話せたところでくらいでしょ。そんだけ溜め込んだ気持ちを当人に伝えないで……夏休みに入っていいわけない!」

「……すごい力説ですな」

「うん。だって今自分にも言い聞かせてるんだもん。この悶々と、私はいい加減決着をつけるよ。さゆはどうする?」

 今まで……リスクとリターンも考えないで、大人の、世間の常識も考えないでやりたいことをやってきたのは……私達が私達で在りたかったから。

 美智花への気持ちだって、なかったことになんてしたくない。

「どうするって、聞く?」

「ふふ、だよね。……どんな結果になっても、たとえ粉々に砕け散っても……私達は、私達だよ」

「もー……ほんと頼もしいなぁ、にゃん子は。よし……いっちょやったりますかぁ!」

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