第4話・好きって、言ってもいい?

「なんか安心した」

「何が?」

「全然変わってなかったから」

「お金なくて変えようがなかっただけだよ。でも美智花が喜んでくれたなら良かった」

 大きな一軒家に住んでいる美智花からしたら、木造2DKの一室なんて狭くてしょうがないんじゃないだろうか。私としては不便はないんだけど。お母さんと二人暮らしだし。

「ねぇ……弥子ちゃん」

 からん、と。麦茶と氷の入ったコップが音を立てる。

 私から話があると言って呼んでおいて、どう切り出せばいいのかわからずに流れる重たい空気を、壊してくれたのは美智花だった。

「なに?」

「弥子ちゃんは……岡島さんと付き合ってるの?」

「はぁ!? どういうこと!?」

「だって……いつも一緒にいるし。誰かが弥子ちゃんのこと話してる時、絶対岡島さんの名前も挙がるから」

 その言い振りはなんだか拗ねているようで、頭を撫でたくなる衝動をグッと抑えて言う。

「あのね、さゆは友達」

 まぁ、特別な友達ではあるけど。親友というか、戦友というか。

「……そうなんだ、良かったぁ」

「良かったんだ」

「……うん。」

「嬉しいんだ?」

「……嬉しい」

 ぽつりぽつりと返す、美智花のその表情から、嘘偽りがないことがひしひしと伝わってきて、呼応するように私も想いがど溢れてくる。

 ここだ。

 砕けていい。それでも、ぶつかりたい。

「美智花、」

「なぁに?」

 深呼吸。目一杯の期待を吸い込み、絶望を精一杯吐き出してから、続ける。

「私達ってさ、ずっと……ずっと、幼馴染なのかな」

 なんの段取りも考えないまま紡いだ言葉は、美智花を固まらせた。もう一度コップが軽やかな音を立てたのを合図に、ようやく答えが返ってくる。

「弥子ちゃんがいてくれるなら、ずっとこのままでもいいと思ってたよ」

 エアコンは効いているはずなのに、脇から冷たい汗が伝う。心音が嫌に大きくて、美智花の目を見られない。

「お母さんが仕事で忙しくて……独りぼっちの時、気づけば弥子ちゃんはいつも傍にいてくれて……キラキラで……。私もそんな存在になりたいって思えたの」

 それは……一言一句違わずこっちの台詞だ。美智花がいてくれたから、私は孤独に苛まれずにいられた。

「でも、自分の好きを信じて、どんどん可愛く、綺麗になっていく弥子ちゃんが……遠くにいっちゃうのが……怖くなったの。だから私は、私のできることを頑張ったんだよ」

「……へ?」

「私の取り柄なんてさ、机にかじり付くことくらいだから。必死に勉強した。そしたらね、いつの間にか目標ができてたの。自分でもびっくりするくらい、自然に」

 美智花は私の手を取り、驚いて顔をあげた私の視線を捉える。

「たくさん勉強をして、社会を変えられる人になりたい。大層なことは言えないけど、でも、当事者として声を上げなくちゃいけないことがあるの。それでいつの日か……あの頃の、周りと違う自分に悩んでいた私に『好きな子が、幼馴染の女の子だっていいんだよ』って、伝えたい」

 強く、真っ直ぐに私を見据えていた美智花の瞳が、光をたっぷり含んで潤んだ。

「絶対できるよ、美智花なら」

 バカだな、私は。どうして今まで、自分のことばかり考えていたんだろう。

 勝手に全然違う道を歩いていると思い込んでいたんだろう。こんなにも、近くで見つめ合っていたというのに。

「私はさ、美智花に近づきたくて勉強頑張って、この学校に入って、だけどそれから、自分の頭で、感性で、できることとできないことが見えてきたの」

 さっぱりと線引きをできたのは、さゆが一緒にもがいてくれたからかもしれない。

「いろんな可愛いを表現したいんだ、私。バイトだけどモデルやってみて楽しかったっていうのもあるし……洋服とか髪とかメイクとかだけじゃなくて、ネイルも、ピアスも、タトゥーとかも! とにかくたくさん。いろんな人が他人の目なんか気にせずに、自分の可愛いを貫けるようになったらいいなって。その為に自分は何ができるかなって、よく考える」

「素敵だね。とっても、素敵」

「そんな風になれたのはね、頑張り屋さんで、キラキラしてて、いつも元気をくれる幼馴染のおかげなんだよ」

 美智花が、私の主張を肯定してくれる。柔らかい声音で、慈しむように微笑んでくれる。それだけで、心から暖かいものが溢れてきて、涙腺を刺激する。

「弥子ちゃん」

 体は自然と、目の前の、愛しい人を抱きしめていた。

「なに?」

「……好きって、言ってもいい?」

「いいよ。私も言わせてもらうから」

 私達が進む先はこれから、大きく解離していくだろう。

 けれど、忘れない。今まで味わった不安の数々も、この感動も、この感触も。迷ってしまったら思い出して、ここに立ち返ればいい。

 私が私であるために。胸を張って、美智花の隣にいられるように。

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