第17話 魔津波

 謎の襲撃から一週間。

 凪の目にまだ潤いは戻らなかった。

「ナギさん...」

 シハルは嫌々叫ぶレーゼを連れてギルドに行きながらも、凪の面倒を見ていた。ちなみにレーゼの調子はというと、一週間経ってだいぶ慣れてきたのか、クエスト受注に抵抗を示すことも少なくなっていった。魔物の討伐クエストでは暴走気味になるのは変わらないが、完全に我を忘れるとまでは行かずとも、なんとか自力で抑え込めるようになっていた。

 レーゼをそのようにしたシハルは、今日もレーゼを連れてギルドへ向かう。

 その道中で、アルラとエスターたちにばったりあった。

『...』

「あなた方は街で何をしているのですか?」

「いやそっちも何してるの?」

「...買い物を」

「あ、そうなの?ならここから三丁半進んだ先の雑貨店おすすめよ、なんでも取り揃えられてあるから」

「へえー。それじゃこの後行ってみるわ。じゃあ『それよりも!!!ナギくんのご様子は!?』...アルラ様、あなたのせいなのですよ?」

「それでは私たちはここで...」

 何か危ない気配を感じたであろうシハルは、レーゼを連れてギルドへ再び向かった。その後ろで、

「ふぇ?」

「いえいえ、あなたのせいで...」

「ま...待ってエスター。あれはわざとじゃ...」

 エスターとアルラのじゃれあいが始まっていた。







 ネプラスギルド内。

 いつものようにクエスト受付に向かうと...

「あ、あなた方宛にこの手紙が届いておりますので、どうぞお受け取りください」

 いつもの受付嬢から突然、手紙を渡された。

「...え?誰から...?」

「宛名は秘密です」

「だ、誰かくらいは教えてもらっても...

「...秘密です♡」

『ひっ、ひゃい!』

 どす黒く染まったハートがついたみたいに片手を腰に当て、もう片手を横ピースして片目に添えて、さぞかわいい誤魔化し方をしているが、眼から出されるオーラはその正反対の、悪鬼羅刹の如くの覇気を出していたので、2人とも呂律が回らなくなっていた。

「おいおい、受付嬢が探索者怯えさせてどうするよ、てかなんで怯えさせるくらいのオーラ出してんのよ、君...」

「すみません、少々話がこじれてしまったので♡」

「...なんでもかんでも語尾にハートつけれるくらいの可愛さで誤魔化せばなんとかなると思わないでくれよ?」

「はぁ〜い...」

 受付嬢はバツが悪そうな感じで奥に消えていった。

「とまあ、うちの受付嬢が迷惑をかけた。お詫び申し上げる」

「い、いえ...実害が出てないので...」

「あの娘にはよう言い聞かせてるんだが...どうも、自分の決めた話の路線から脱線すると...あ、いやなんでもねぇ。忘れてくれ」

「は、はぁ...」

「それよりも、あの小僧は大丈夫か?」

「...」

「その感じだとどうやら、まだ様子見が必要みたいだな...」

「あの、それよりも...あなたは?」

 シハル達はこの男を知らなかった。

「ああ、あの小僧に連れられてきたのなら、知ってると思ってたんだがな...」

「いえ...あの時は、そんなに記憶を鮮明に覚えれるほどは...」

「そうか、わかった。あ、その手紙は小僧に渡せよ。くれぐれも、中身は見ようとするな」

「?は、はい」

 結局、その手紙を持たされて、シハルたちはクエストに向かった。



 クエストは現在森に溢れにあふれている森鬼ゴブリンの討伐だったので、楽だった。

 すぐに終わらせ、ギルド支部に戻ると、何やらざわついていた。

「なんの騒ぎでしょうね?」

「わからない...聞いてみる?」

「いえ、なんか面倒ごとに首を突っ込みそうですし...聞かないことにしましょう!さ、帰りましょ...う?」

 1人で結論を急いて、シハルの肩をポンと叩こうとしたが、シハルはそこにはいなかった。そのおかげで、王女はひとりでに転げた。

 シハルは、いつもの受付嬢と話していた。

「これ、討伐証明」

「はい、受諾しました。クエスト完了です♪」

「それと、聞きたいことがある」

「緊急クエストが入ってきたからですよ〜?」

「...なんで分かったの?」

「緊急クエスト、報酬が結構美味しいので」

「そういうこと」

 シハルは全てを理解した。

「そう、そういうこと、なのです」

 受付嬢とシハルは頷きあった。そこに、初めて友情が芽生えたのだ。

「で、そのクエストの内容とは?」

 シハルは一番気になることを受付嬢に尋ねた。

 受付嬢はいつの間にかメガネを取り出し、まるで某アニメの総司令のように話した。

「...魔津波デウブラーのせき止め・魔津波魔獣デウブランターの掃討」

「報酬は?」

「100000キラと探索者ランクの無償昇格」

「よし受けよう」

「シハルさん?!」

 ちょうど、偶然にも、シハルを見つけたレーゼが話を聞いていたらしい。

「なんでそんな危ないことを?!早くナギさんを起こして次の街へ行かないと...!」

「探索者ランクを上げるといろいろ便利。そしてなによりも」

 受付嬢とレーゼは息を飲み、シハルの言葉を待つ。

 そして...口が開いた。

「美味しいご飯を、食べるため...!!」

『...』

 呆然とした。

「あ、あの...それなら別に、稼いで街で食べれば...」

「いいの?レーゼ。移動中も干し肉・その辺の草を混ぜたスープで腹を凌ぐのは」

「いい条件ですね今すぐ受けましょうナギさんも納得してくれます!!!」

「あ、あはは...つまり、緊急クエストを受注ということで...?」

『是非とも!!』

「わかりました...と、言いたいところなのですが、緊急クエストにはランク制限がございまして」

 2人はごくりと息を飲む。

「最低でも、Hランクは必要なんです」

 2人は顔を見合わせた。

「レーゼ、あなたのランク今は何?」

 恐る恐る、ランクを確認すると...

「...G...」

 虚無が走った。

 受付嬢の咳払いが2人の虚無に響く。

「なんですが...実はナギさんを含めて御三方、もうHランクに上がれるんですよ」

『本当「ですか」?!』

「は、はい...」

 食いつきが素晴らしいほどだった。

「それで?!ランク昇格に何か必要なことは?!」

「いえ、ただパーティーを組んでいる場合はパーティーリーダーがメンバー全員分の探索者証明を出せば大丈夫なんですが...」

『...』

 2人は決断した。

「宿に帰る、レーゼ!」

「ええ!」

 2人は激走した。必ず、かの虚無に陥りし男を現実に戻そうと。





 ー魔津波デウブラーまであと、三日...ー


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