実の親子でなかったとしても(レジーナ視点)
「一割コストを下げたい? 了解。原価がこれなんで、こんな感じで」
「え? 原価なんて見せてくれていいんですか? しかもこれじゃ利益出ないでしょ。こっちも正直にぶちまけますけど一割は無理だろうから、これぐらいの額まで下げてもらおうって考えながら来たんですよ」
大きく訂正を入れられた見積書を見て別の数字を提示したジョヴァンニにハーヴィーが片眉を上げて、ギザギザの歯を見せた。
「お嬢はアレックスの娘だ。そしてオクシデンス商会はアレックスの持ち物。お嬢が来たなら身内価格で最大限便宜をはかるさ。アレックスにもそう言われてる」
ハーヴィーにアレックスの娘、と言われ、レジーナの胸は押しつぶされそうになる。
「そんな、資格ない、のに」
握りしめて腿の上におかれた手に力が入って、指の爪がてのひらに食いこんだ。
「ちっちゃいお嬢がアレックスとケインに連れられて私掠船団の隠し港に来た時から、お嬢ら三人を見ているが、この十年、親子として絆を築いてきているだろう? 俺から見たら十分親子だ」
まあ、
「ああ、そうだ。今年の誕生日の贈り物、アレックスすごく喜んでいたみたいだよ。これ、ここのところこっちに来なかったから渡せなかった手紙」
渡された手紙にレジーナは目を通した。
鳥が運べる手紙はそれほど長くない。
そしてそこには商会運営の指示を書かなくてはいけないから本来私用に裂く紙面はないのだ。
だが、その細長い小さな紙に小麦の粒よりも小さい几帳面な字で、レジーナが直接渡せず荷のついでに送ったガウンへの礼、仕事が長引いて帰ってこれない詫び、レジーナが心身ともに健康である事への祈りと困りごとがあれば誰かを頼るようにと、かならずしも書く必要のないレジーナへの私信が書いてあり、愛と思いやりが短い文面からあふれていた。
裂かれそうになる心を抑えて最後の一枚を手に取って、レジーナはそれを取り落とした。
「帰る……? これだけ送ってきたの?」
「お嬢の彼氏の話を書いたらこれだよ」
「アレックスに話したの?! ハーヴィーのバカ!! なんで話すのよ!」
「俺はアレックスに雇われていて、 娘になにかあるようなら報告して助けるように言われているからだ。そりゃあ伝えるさ。だいいち男を作ったぐらい報告したって問題ないだろ。親に知られたら困るような相手ならやめとけよ。それにお嬢は今ぜんぜん幸せそうじゃない。そんな顔をさせるような男はロクなもんじゃない。俺は生まれ育った娼館でそういう顔した姐さん達をさんざんっぱら見てるから詳しいんだ」
「わ、わたしは……」
幸せだ、とは言えなかった。
けれども後悔しているとも言いたくなかった。
テオドールとの日々はつらく寂しい学園生活でのささやかな慰めだったし、ノーザンバラの事がなければ今でも自分に近しい魂として彼に惹かれている。
ハーヴィーの指摘で突きつけられたものに耐えられなくなって、レジーナは席から立ち上がった。
「放っておいて!!」
部屋を飛び出かけたレジーナのその腕を、ペンだこの部分だけ硬い柔らかな手が引き止めた。
「待って。放っておけると思う?」
いつもながらの飄々とした佇まいで、レジーナの手を握ったままジョヴァンニは言った。
「ハーヴィーさん。俺たちデートしてきますね。ちゃんと帰りに顔を見せますから、ご心配なく」
ジョヴァンニは冗談めかしてハーヴィーにそう声をかけて、繋いだままのレジーナの手を引っぱった。
「さっ、行きましょう。オレのとっておきに連れて行きます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます