嵐の上の小舟(レジーナ視点)
「テオ、私達、とんでもないことに巻き込まれているわ。ノーザンバラの手先と通じてリアムを追い落とすなんて私は望んでいない」
冬の庭の片隅で、あの二人がいない隙、食事もそこそこにレジーナはテオドールに詰め寄った。
だが、彼は聞き分けの悪い馬鹿を相手にする顔で首を振り、レジーナは再び無力感に襲われた。
「このままあの私生児に好き勝手させていいのか? お前が正嫡で、本来の王位継承者なんだぞ。王が彼らを裏切らなければ、リベルタなんて僻地に連れて行かれて庶民に混じって市井で暮らすことなどなかった。君は君として正当な王女として特権を享受し、この国の貴族すべてを平伏させ、かしずかれて君臨する立場だったんだ!」
両手を包み込まれ、じっと顔を覗き込まれて駄々っ子を甘やかして宥めるように言葉を弄しながら、すでに動かせない頑なさでテオドールはレジーナに謝肉祭の時と寸分変わらぬ自説を繰り返してくる。
「そんなことない。リアムの方が先に産まれているのよ。ノーザンバラの皇帝は暗殺されてその後、陛下は彼の国に侵攻した。同盟関係にある国に宣戦布告するには大義があった方がいい。そのために、父は私を作ったの。その理屈は最初からおかしいのよ」
「客観的な資料や公文書が君は本来正嫡であるべきだったと示している。調べたんだから間違いない。君はそう思い込まされているだけだ」
「百歩譲ってそうだとしても、嫌なの! リアムの事も、陛下のことも、なによりもアレックス……パパの事だって傷つけることになる!」
レジーナはテオドールにすがりついた。
「ねえ、せめて誰かに相談しましょう。あなたのお父様はメルシア王国の激動の時代を生き延びた方だわ。コンラート殿下に相談するのはどうかしら?」
父親の名前を出されて、テオドールの顔がほんの少し揺れる。このままなんとか説得してと思ったが、そこに昼食を持ったジョンとマルファが割り込んできた。
「ちょっとちょっと、声が高いですヨ。殿下達。秘め事は静かにやらないと」
「すこし目を離すとこれよ。まだ自分の立場を分かっていないのかしら? 連合王国の敵、悪役令嬢のレジーナ様は?」
マルファに押されテオドールの死角でつま先を踏み躙られ、レジーナは呻いた。
「おい! レジーナを突き飛ばそうとするな」
「ちょっと押しただけでしょ? これぐらい躾の一環よ。テオ様がそうやって甘い顔するからつけあがるのよ」
「いやいや、乱暴な事なやめなヨ。マルファ。彼女は僕達の大切な勿忘草の姫君なんだからさ」
かわいそうに、と犬の子でも撫でるようにジョンがレジーナの頭を撫でて耳元で囁く。
「僕達と関わった時点でもう貴方はこちらの船の乗員なんですヨ。姫君。失敗すれば罪から逃れられません。それにあなたが我々を売るなら育ての親のリベルタ大公に火が飛ぶかもしれませんね。大公は陛下に恨みがあると世間に見なされてもおかしくないですし。なんせ悲劇の王太子殿下なんですから」
「それこそ陛下は信じるはずがないわ」
とても口には出せないが、なににも記されていない裏の事情をレジーナは知っている。
確信を持って言い返すと少年は特徴の薄い顔に明確な悪意と嘲りを載せて微笑んだ。
「陛下が信じなくても構わないんですヨ。世間がそれを信じれば、彼は引きずり落とされる。ああ、ついでにリベルタで身体を売っていたことや女衒をしていたことも広まるかもしれませんね。やっと綺麗な高みに返り咲いたのに、また泥まみれだ。つくづく哀れな人ですね。あなたの事を懐に入れたばかりに」
いったいどれほど時間をかけて自分達のことを調べたのだろう。
レジーナはこの強大な敵を排する手段を思いつくことができなかった。
嵐の上の小舟はレジーナとテオドールを乗せて、揺れに怯えるレジーナの心を置き去りに着実に破滅への道行をたどっていた。
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