奈落の底へ(レジーナ視点)

「ほら、早くしなさいよ」


 マルファに小突かれて、レジーナはためらいがちに学生会室のドアをノックした。


「あ……あの……」


 扉が開いて一歩下がると、制服姿の学生とは思えない威圧感の大男が出てきて中を覗かせることなく扉を閉めレジーナ達の前に立ちふさがった。

 いわずもながユルゲンなのだが、親しみやすさを消した彼はこれほど威圧感があるものなのか。


「ユルゲン……あの」


「殿下。事前にお約束はいただいていますか?」


「え、いえ……ごめんなさい」


「申し訳ありませんが、現在文化交流祭の準備でリアム殿下は大変忙しくされています。手紙で面会時間を約束の上、お越しいただけますか?」


「すみません! わたし、ジーナちゃんのお友達のマルファといいます! ジーナちゃんとリアム殿下が喧嘩したってジーナちゃんから聞いたんです! 兄弟が仲違いなんてそんな酷い事と思って、仲直りするべきじゃないかって! それに文化交流祭の前に忙しいのなら、学生会の皆様のお手伝いをできたらと思って……」


 レジーナを押し除け、祈る形で胸の前で手を組んだマルファが上目遣いでユルゲンを見上げた。

 頬を掻いたユルゲンは小さく嘆息してレジーナに話しかける。


「少々お待ちください。殿下が時間を作れるか確認してまいります」


「よろしくおねがいします! ジーナちゃんとお兄さんが仲違いしてるの、見てられなくて」


 菫色の瞳を涙で濡らしてキラキラ光らせ、レジーナの横からマルファはユルゲンの手を取った。


「失礼、レディ。異性に接触することはあまり良い行いではないですよ」


 するりとそれをかわしたユルゲンはにべなくドアを閉めた。


「とか言ってたけど、あのコワモテ、私の胸をガン見だったし、手を握ったらおたついてたし、あの注意は絶対にポーズね。嬉しくて仕方ないはずよ。この国の王太子の護衛って、たいしたことないわぁ」


 くすくすとユルゲンを嘲笑するマルファに対して嫌な気持ちになりながら待つことしばし、再び扉が開いた。


「リアム殿下がお会いになるそうです。手短にお願いします」


 内心、リアムが断ってくれればよかったのにと思いながらレジーナは学生会室の扉をくぐり、罪へと足を一歩進める。


「久しぶり。レジーナ、大丈夫? 少し痩せた?」


 壁を背にした学生会室の会長の席、いつもと変わらぬ優しげな笑みをたたえて、リアムがそこにいた。


「そんな、こと、ないわ……あの……」


 口ごもったレジーナを後ろから優しげに支え、その実こっそりと他人の死角からレジーナの太ももをつねりあげたマルファが会話に割り込んだ。


「はじめまして。マルファ・トリュフォーです。レジーナちゃんと最近仲良くさせていただいています。大好きなレジーナちゃんがお兄様であるリアム殿下と仲違いしていると聞いて、いてもたってもいられなくて。仲直りした方がいいよって連れてきたんです! ね、そうよね。ジーナちゃん!」


 マルファはより一層親しげに馴れ馴れしく、さも親密であると言ったように体を寄せて、抉る勢いで皆の陰から太ももにさらに深く爪を立てる。


「あの、あの、あの時はごめんなさい……! ずうずうしいお願いなのは分かるんだけど、学生会に戻してほしいの!」


 奈落の淵へと歩いている感覚がする。

 言葉とは裏腹に断ってくれればいいという願いを込めてリアムを見つめるが、リアムは下唇を指でつまんでしばし考え込んだ後、にこりと笑った。


「もちろんだよ。 レジーナ。君が戻ってくるなら受け入れると約束していたでしょ。ああ、それに仲良しのお友達ならばマルファさんも一緒に入ってもらって構わないよ。ただ、マルファさんには学生会の役員になるためのテストは受けてもらわないといけないけれど。これは学園で定められた規定なんだ。そうだね。明日の放課後また来てくれる? テストを用意しておくから」


「あの、リアム殿下! さきほど護衛の方から、学園祭の準備がとても忙しいと伺いました! 私の友人のジョンも手伝いに推薦します。よかったら彼もテストだけでも挑戦させてあげてください!」


「ああ、もちろん。猫の手を借りたいほどの忙しさなんだ。そうやって推薦してくれるとこちらも助かるよ。じゃあ明日の放課後、午後の三刻にそのジョン君とやらとレジーナと三人で一緒に来て。話は以上だ」


 そつなくにこりと笑って、だが事務的にそう言って話を終わらせると、リアムは用は済んだとばかりに机の上の書類に視線を戻し、ユルゲンがリアムの姿を隠すように体を割り込ませた。


「では、お帰りください。明日の午後四刻にお待ちしています」


 そのままユルゲンによってレジーナ達は部屋を追い出され、扉が閉められる。

 マルファは抑えきれないと言った調子で笑い始め、口を開いた。


「あっは! ちょろっ! ざっこ! 入り込んじゃえばこっちのものよ。すぐにあいつらから必要な情報を引き出せるわ。私ならね! あんた、結構役にたつじゃないの」


 ばちんとレジーナの肩を叩いて、マルファは機嫌良く珍しくレジーナを置いて寮へと帰っていく。

 レジーナはただ俯いてその場に佇んだ。

 床にぽたりと涙が落ちた。




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