美しく愚かな羽虫は蜘蛛の巣に絡められる(テオドール視点)
「テオドール殿下、心を決めてくれました?」
寮の廊下で突然話しかけられて、テオドールは眉をぴくりと持ち上げた。
「誰だ? お前は?」
少年がにこりと笑った。
その動きに沿って駱駝色の髪がかろやかに揺れる。
リアムも地味だが、彼はより一層特徴のない凡庸な見た目の少年だ。
「ここの学園の二年でっす。名前はジョンでいいや。先生から話は聞いているでしょ?」
何の話を示しているか察して、テオドールは苦虫を噛み潰した。
「断ったはずだが?」
「考えておいてくださいって言ったって聞いてますけど。こんなところで立ち話もなんですし、よかったらボクの部屋にどうぞ。あっ! ボク、あなたの隣の部屋になったんです。よろしくおねがいします。仲良く、してくださいね」
人好きのする顔で強引に部屋に引っ張り込まれて、応接に座らされて紅茶を振る舞われる。
それに手をつける気にはならなくて、目の前の少年を睨みつけると、彼は肩をすくめた。
「そう警戒しないでくださいヨ。大切な姫君の想い人に酷いことするわけないじゃないですか。信用してください」
「出来るか。馬鹿」
この少年もあの教師ほどあからさまではないが、たまに北方のアクセントが混じる。
「彼の国の関係者だからってあなたの敵じゃありませんから警戒しないで。あなたの愛する姫様だってノーザンバラの皇族の娘だ。我々としては殿下、あなたにお力添えいただきたいわけですよ。まあ必須ってわけじゃないんですけどね」
たっぷりとジャムをつけた硬いビスケットを一口齧った少年は濃いめの紅茶を口に含んで飲みくだして続けた。
「ほらぁ、姫君の想い人を無碍には出来ないじゃないですか。それにメルシアの数少ない男性王族も一人ぐらい、こちらの陣営に引き込みたいんですよね。かつてのヴィルヘルム陛下のように」
「陛下が、ノーザンバラ陣営に? どういうことだ?」
「あの男、我々を裏切って噛みついてきましたが、最初はこちら側だったんだ。彼が王になれたのは我々の功績。我々はイリーナ王妃の子を次代の王につける約束でエリアス殿下やエリアス殿下の子供を排除した。けど、その後リアム殿下が産まれて愛人の息子である彼に王位を渡したくなったんでしょうね。レジーナ殿下がいるのに手のひらを返されちゃいました」
いかにも真実めかしてぺらぺらと回る口が紡ぐ話は、本当か嘘か判別がつきがたい。
だが、レジーナは必要だから作られた娘だったとこぼしていたし、ヴィルヘルムが即位した後にエリアスの子供が不審な死をとげたのは事実だ。
また、かつて歴史の勉強をしてきた時にヴィルヘルムがキシュケーレシュタインを落とした頃はノーザンバラとそれなりの関係を築いていたと習ったように記憶している。
「お前の言うことが本当かどうか調べたい」
「もちろん。信用してもらいたいからね。殿下の気が済むのならばお好きなだけどうぞ。図書室に行って調べてもらっても歴史の教師に聞いてもらっても構いませんよ。だって本当の事ですから」
テオドールは図書室に行くとメルシア連合王国の歴史を調べ、あまりにも綺麗に収まった公文書に疑問を持ち、調べていることを気取られないように違う学年の歴史教師に隠された歴史——自分達より上の世代から見たら、ほんの二十年ほど過去の話である—を尋ねて確認して、少年が言っていた事が事実だという確信を持った。
リアムがいなければ彼女の不幸はなかったはずだ。
やはりリアムは排除しなくてはいけない存在だった。
愛人との間に産まれながら王の寵愛と権力によって正嫡の座を掠め取ったあの薄汚い
テオドールはそう結論づけた。
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