オクシデンス商会での打ち合わせ

 文化交流祭の相談を口実にオクシデンス商会に向かったリアムは、ハーヴィーにアレックスの動向を尋ねた。


「行きの船で体調を崩してた話はライから聞いたんだけど、その後こちらにアレックスさんから何か連絡入ってる? 戻ってくるのが遅い理由とか。まだ体調が悪いのかな?」


 出港の際は最短で戻ってくるというような事を言っていたのに、アレックスは新年を越えても戻ってこない。

 レジーナの事があり、アレックスと定期的に連絡を取っていそうなハーヴィーに確認しにきたのだ。

 ライモンドから行きの船でアレックスは体調を崩してずっと船室に引きこもっていて、ハンバー港に到着した時もケインに運ばれて馬車に乗ったと報告を受けている。

 メルシュにある旧都離宮を大公の居城として使っているらしいが、そこは彼の家族が最期を迎えた場所だ。

 終始穏やかで優しげだがどこか希薄な貴族の粋を集めたような伯父が、その内に荒れ狂うものを秘めていることをリアムは知っている。

 墓所での涙と、その後寝ついた時、そして父ヴィルヘルムと対峙した時の彼の心の闇はいまだ記憶に鮮烈だ。

 そんな場所で生活していたら、さらに体調を崩していてもおかしくはない。


「伝書鳥でやり取り出来るから、多少の連絡は取ってるよ。仕事の指示がほとんどだけど」


 紅茶を淹れたハーヴィーはミルクを添えてリアムに一つ差し出し、ライモンドと自分の紅茶にはほんの少し、いやだいぶ沢山のブランデーを垂らした。

 ハーヴィーはそれを一気に飲み干してカップにブランデーを入れる。二杯目の紅茶は紅茶ゼロだ。

 昼間からいいのかと思うが、本人は酒に強いのかケロリとしている。


「鳥の持ってくる手紙の様子だと、病を得たわけじゃなくて、そろそろ仕事が片付いたってころに微妙に放置しづらい問題が起こるらしくてさ。あの人完璧主義のワーカーホリックだから、そういうの放置できなくて片付ける間にちょこちょこ余計な仕事に手をつけてずるずると居着いてるみたいな状況らしい。普段それを止めて適当なところで切り上げさせるのはケインさんなんだけど、ケインさんはケインさんでフィリーベルグと赤狼団絡みの仕事を山積みで持ち込まれて、親戚だから断るに断れずキレ散らかしながら仕事してるらしい」


「あ"っ……!!」


 あからさまに視線をハーヴィーからそらしたライモンドが紅茶入りブランデーをごくごくと飲んだ。

 リアムの護衛という事を意識してか、先ほどのハーヴィーのように紅茶抜きのブランデーに移行はせずに、テーブルの上のポットから紅茶を垂らしてブランデーを注いで二杯目に口をつける。まあほぼ酒だが、一杯だけは目をつぶろうと思う。


「ライ、その様子何か、覚えがあるんだね?」


「ナンニモナイデスヨ」


「ライ」


「……新学期に間に合わせるためにめんどくさかったので、母の理解力を信じて最低限の引き継ぎをして、何かあったらケインさんがメルシュにいるからって母に丸投げして帰ってきました!」


 陸路で帰ってきたにしても、相当早かったので無理をしたのだろうと思っていたが、母親に、いや、実質ケインに丸投げしていた。とても勇気がある。


「あー。それはそれは。ライモンドさん、墓石発注しとこうか?」


「やめろ! その冗談はシャレにならない!」


 頭を抱えるライモンドをよそに、ハーヴィーがリアムに尋ねた。


「で、どうかしたか? アレックスが早く帰ってこないと困ることでもあるのか?」


「実は……レジーナに彼氏が出来て」


「お嬢に、彼氏?! アレックスのいない隙に? どこの物知らずだ?」


「……テオドール」


「テオドールって、あの? お前らをうっとばそうとした、アレックスに顔が似ている偉そうなのにボンクラな子犬ちゃんか?」


「うん……そのテオ」


 ずいぶんな言い草だがハーヴィーが言わんとすることは分かったので頷くと、にやにやとギザギザの歯を見せたハーヴィーは顎を擦った。


「大号泣するアレックスの姿が目に浮かぶな。自分に似た男なら文句も言いづらい」


「いやいやいや、文句おおありだろ! 世の父親はまっとうな男だってなかなか交際を認めないもんだ。見た目だけしかいいところがない不良物件だぞ。なんとかして別れさせようとすると思うが」


「まあ、お嬢の恋人の件を伝えたら最速で切り上げてくるだろうから、帰ってきたらあの二人に任せることにしてさ、しばらく放っておきなよ。付き合い初めはまわりが見えなくなってるもんだ」


「……いいのかな」


「ほっとけほっとけ。惚れた男がどんなにドクズでも、付き合い始めはあばたもエクボだから分からないもんだよ。それにお嬢はアレックスに大切に大切に育てられた箱入りだからツンケンしてても根っこは人がいいんだ。仔犬ちゃんの甘え顔に絆されたんだろ」


「ああ、そうだ。ハーヴィーから見てレジーナはアレックスさんに愛されてないって思うところある?」


「は? 愛されてない? 溺愛されてると思うけど」


「やっぱり、長く見てきた人でもそう思うよね。レジーナが、自分は誰にも愛されていない。身代わりでしかないって言ってて」


 ハーヴィーはきゅっと眉間に皺を寄せると、紅茶の器に入ったブランデーを一息に呑み干して、綺麗な綺麗な営業スマイルをみせた。


「それはレジーナの思い込みだろうが、原因に思い当たる節がないこともない。だが、俺の口から話せることはないなぁ。機会があったらお嬢と話してみるよ。さて、休憩は終わりだ。文化交流祭の打ち合わせに来たんだろ。アレックスにもお嬢に恋人が出来たからはよ帰ってこいって、連絡入れておくよ。今からだとそうだな……文化交流祭の頃には戻れるんじゃないか?」


 ハーヴィーがそう請け負ってくれて、リアムはほっと息をついた。

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