真実の恋は愚かしさを運ぶ

「私がだれとつきあおうと関係ないでしょ!」


 リアムとソフィア、それにレジーナ以外を人払いした学生会室に怒気を含んだ声が響き渡った。ユルゲンは扉を挟んだ向こうで見張りをしているし、他の面子には学生会は休みだと伝えてある。

 ライモンドがいてくれると心強かったのだが、所用があるしこういう事に大人が口を挟まない方がいいだろうとすげなく断られた。

 そしてレジーナを呼んでテオドールとの事を問いただしたのだが、結果はご覧の通りだ。


「王族の端くれでしょう? 付き合っていい人間と悪い人間の区別ぐらいつけなさい!」


「テオだって反省してるわ。変わったのよ。困ってた私を助けてくれたし、心を入れ替えて真面目にやってる!」


「どうだか。わたくし達の苦労が、ちょっとの反省程度で濯げるとでも?」


「じゃあどうしたらいいのよ! どうしたら彼を認めてくれるの?!」


「あのね、レジーナ。認めるとか認めないって問題じゃない。僕たちは君のことを心配してる。あいつはろくでなしだからやめておいた方がいいという話をしているんだ。僕はずっと彼に酷い扱いをされていたし、他の人にも身分を傘に傲慢な振る舞いを重ねていたし、女性関係も派手だった。さらに婚約者のソフィアがいるのに、僕の婚約者と不貞を働いた上でごろつきを雇ってリベルタ大陸に売り払おうとした男だ。少し反省したからといってその本質が大きく変わると思う?」


「今はそれを心の底から反省しているわ! 真摯で誠実よ! そういう関係を持とうと誘ってくることもない」


「王の娘に王の許可なく手を出したら、大逆で裁かれる口実を与えますもの。当然の判断ですわね」


「うがちすぎよ! 性格悪っ」


「おめでたく沸いた頭に言われるなら、褒め言葉ですわね。他にマシな男がいくらでもいるのに、なんでよりによってあの汚物なわけ?」


 パパそっくりの顔かしら? と、ソフィアに刺々しく煽られたレジーナの顔が怒りで赤く染まった。


「違うわ! 顔なんて関係ない! 彼は私の理解者なの!」


「理解者? 適当に話を合わせているだけじゃないか。あいつは誠実なふりをするのが上手い」


 冷静に話そうと努めても、どうしても言葉がきつくなる。


「違う! 彼は私には本音で話してくれている。性格だって取り繕ってない。彼にだって色々あるの。両親に無条件に愛されてたあなた達には分からない! 必要だから儲けられただけで、誰かの身代わりとしてしか愛されていない、私達の気持ちなんて!」


 ぐしゃりとレジーナの顔が歪んで、心を搾り出すように吐き出された言葉にリアムは当惑した。


「身代わり? 愛されていない? 君とテオが??」


 確かにヴィルヘルムとレジーナの関係は芳しくない。だが、父はあらゆる感情を殺して王として努めていて、親としての情を見せるのが下手な人だ。

 リアムも長年誤解していたが、無情なわけではない。 レジーナの実母である廃妃イリーナとの確執もあり、レジーナと上手く相対せないだけではないかと思っている。

 よしんばヴィルヘルムの愛情が彼女の上になかったとしても、レジーナの事をこの上なく慈しむ義父エリアスがいる。

 一年程度の付き合いでしか見ていないが、エリアスは深い愛情をもってレジーナに接している。

 そして、テオドールの両親、キュステ公爵夫妻がテオドールの事を愛していないようには見えなかった。

 彼らはあの査問会でテオドールを見捨てる選択だってできた。

 だがあの場で息子のためにためらいなく頭を下げた二人は、言い訳もせず息子の非をすべて認めてキュステ港の利用料の徴収権をリアムに賠償として差し出し、また夫人が婚家から持ってきたメルシア旧王国内の肥沃な穀倉地帯を大公となったエリアスに金銭と引き換えに譲渡して、その対価すべてをソフィアとベルニカ公爵家への賠償とした。

 どちらもキュステ公爵家の豊かな税収を支えていた主要な財源で、手放してしまえば領地の管理は出来るが、公爵家の威厳を保つことが難しくなるものだ。

 公爵位の面目もあるし金で愛を測るわけでもないが、自らの保身も考えずにキュステ公爵夫妻は息子のために動いていた。

 それ以前のテオドールへの態度を鑑みても愛されていないはずがない。


「あなた自身を見てもらえている貴方に分かるはずがない。私達はただ二人で静かに愛を育んでいるだけ。認めてくれないならそれで構わない。迷惑はかけないわ。二人の気持ちから考えれば許されないのも分かってる。でも、テオドールのことを他の誰よりも好きなの。だから私のことは放っておいて」


 冷めた目をしたレジーナが首を振る。

 諦観が彼女から漂っていた。

 それは明確でとりつく島がないほどの拒絶だった。言葉を失ったリアムに代わって、ソフィアが低く押し殺した声で一言発した。


「後悔しますわよ」


「そうかもね。でも止められない。取ってつけたように聞こえるかもしれないけど、二人には悪いと思っている。だから、学生会はやめさせてください。生徒の代表にふさわしくないとおもうから」


 大抵の場合、真実の恋は滑らかに進まない。

 滑らかに進ませない邪魔者と看做されれば、必要以上に頑なな態度をとる。

 リアムの説得は、彼女を動かすことができなかった。

 だが、恋がまなこを曇らせる事はリアムもよく分かっている。つい先日自分だとてやらかしたばかりだ。

 だから、リアムは学生会室を出ようとするレジーナに声をかけた。


「気持ちが変わったらいつでも戻っておいで。僕は君を受け入れる」


 レジーナは無言のまま部屋を出て、返事の代わりにただ強い音を立てて扉は閉じられた。

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