神はその祈りを聞き届けない

「来たとしても飛び出して二人を詰ったりしないで。今日は確かめるだけ、改めて学生会室でレジーナの話を聞く。はい復唱」


「今日は確かめるだけ、汚物まみれのレジーナを見ても飛び出さない。レジーナは校舎の裏にあらためて呼び出して、汚物に引っかかって頭が沸いた理由を尋問する。これでよろしくて?」


「ステイ……! なんでそんな喧嘩腰なの?」


 冬の庭の片隅、ソフィアと風除けの建物の影に隠れたリアムはソフィアに釘を刺していた。

 ジョヴァンニに言われてレジーナの身の回りを精査したところ、彼の言葉通り彼女が嫌がらせやいじめを受けていたことと、レジーナが外で食事をしているという噂、そしてテオドールが授業中にレジーナを庇った事実。そしてテオドールが一人冬の庭の風除けの建造物の中で食事をとっていたという情報で、ディオンを問い詰めたところ冬の庭で見かけたカップルはレジーナとテオドールのように見えたと実に言いづらそうに吐いたのだ。

 レジーナはテオドールがリアムとソフィアをリベルタに売り飛ばそうとしたことを知っている。

 とてもではないが信じられず、また、くれぐれもレジーナをよろしく頼むとアレックスに念を押された責任もある。

 自分達の目で彼女のあれこれを確かめるべく、オリヴェルが外の徘徊を止めてまたリアム達と食事をとりはじめたとそれとなくジョヴァンニとディオンから流し、様子を探ること数日。

 レジーナが食堂で二人分のランチボックスを頼んだとの情報を得て、ソフィアとライモンドと三人で冬の庭の偽の廃墟の中を見渡せさらに隠れられる場所に身を隠したのが今である。

 ライモンドとオリヴェルが事前に死角を確認してくれているから、ここならそうそう見つからない。


「だって、名前を言いたくもない汚物と付き合うだなんて信じられませんもの。そうだとしたら締め上げて翻意させないといけないでしょう。その気合いの表れです。レジーナだって私達があの男にどんな目に遭わされたか知っているのに……男の趣味はそこまで悪くないと信じたいのですけども……」


「初恋は父親によく似た人って言説もあるし」


「それにしたって、人を、よりにもよって自分の兄を売りとばすような男ですわ。いくら見てくれが似ててもカレーとカレー味の汚物ぐらい違います」


 カレーは最近レグルス神聖皇国から入るスパイスを使って作られた辛い食べ物で生徒に人気がある。

 リアムは残念ながらライモンドに止められて一口しか食べたことがないが、胃がやられそうな味をしていた。


「胃が強くなっても、カレーが食べられなくなるからやめて」


 寒さと緊張を和らげるべく小声で話していたところに、別の位置に隠れて折りたたみ式の望遠鏡を覗いているライモンドが合図を送ってきた。

 慌てて二人で口を噤んでライモンドが示した方をそっと覗きこむ。

 そこに周囲を気にしながら髪をポニーテールに結んで青いリボンをつけたレジーナが歩いてきて、廃墟様の建物に置かれた椅子に腰掛けてランチボックスを広げた。

 だが、それに手をつけるわけでもなくそわそわと辺りを見回している。

 レジーナはしばらく落ち着かない様子で立ったり座ったり毛先をいじったりしていて、そのたびに隠れているのが見つかったのかとひやひやしたが、こちらに気がついたわけではなかった。

 何度目かに立ち上がったレジーナの頬が薔薇色に輝いて、遠くを見た冷たい色に思われがちなアイスブルーの瞳は甘く蕩け、恥じらうようにためらいがちに視線の先に手を振った。


「あんな顔、見たことないですわ」


 ソフィアの言葉にリアムも頷く。

 確実に恋をしている顔だ。


「テオじゃないことを……」


 祈る前に神に裏切られた。

 甘い甘い、やはり蕩けるような表情を浮かべたテオドールがレジーナの元に走り寄った。

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