烏合の王国(ヴィルヘルム視点)

 ノイメルシュ王宮、国王の執務室。

 エリアスの指示で部屋に絵画や花瓶、装飾目的の武具などが運び込まれ、書棚は使いやすく整理されて、窓にかかるカーテンも新しい物に変えられ、武断の王にふさわしくしつらえなおされた執務室。

 応接も座り心地が良すぎるぐらい良い、見た目の趣味もいい一揃えに変えられた。

 ヴィルヘルムはその応接セットの柔らかなソファーに腰掛け、宰相レオンハルトと難しい顔を突き合わせていた。


「報告書を読んだか?」


「予想通り、生徒も教師もノーザンバラの息のかかった人間がそれなりの数いそうですね…。で、本当に泳がせていいんですね」


 ヴィルヘルムは不安そうなレオンハルトの顔を見つめ、深く頷いた。


「そのために兄貴をメルシアに行かせて、それっぽい理由をつけて、兄貴の生存を隠蔽していたガイヤールを処分せずに泥を被らせる校長職につかせたんだ。リアム達の護衛は足りている。一般の生徒達の避難経路を確保した上で、向こうが仕掛けてきたら一網打尽にする。仕掛けてくるなら春の学園祭の前後だ。俺ならば神輿になるレジーナを取り込んで騒ぎをおこして、それに連動させてティグ川流域の穀倉地帯に侵攻するだろう。サムには帰国前に伝えたが、ベルニカ騎士団にそれと分からないように警戒体制を強めるよう、改めて命令を出す」


 ノーザンバラ帝国との国境であるティグ川には渡河が可能な場所にいくつもの砦が築かれ大砲と精強なベルニカ騎士団がノーザンバラ帝国から穀倉地帯を守っている。

 だが、長きに渡り帝国の領土だったその穀倉地帯の奪還は帝国皇帝の悲願である。

 王に比べれば狙いやすい王子に暗殺を仕掛けてなんならついでにベルニカ公爵令嬢も手にかけてベルニカ公の動揺を誘い、同時に国境に侵攻を仕掛けてくる可能性は高い。


「分かりました。命令書に確認の上サインをお願いします」


 頷いたヴィルヘルムはレオンハルトに尋ねた。


「メルシアの方の足止めはどれぐらい持つと思う?」


「最初からあの二人に気がつかれない程度の足止めですからね。たいした事は出来ないでしょう。エリアスはもちろんケインも有能ですし、メルシア旧王国出身の貴族は元々エリアスに心酔している人間が多い。すべて手懐けてもうそろそろ全部片付けて帰国しようとしているころでしょうね」


 難しい顔で眼鏡のフレームを持ち上げ、位置を合わせたレオンハルトが問いに答える。

 ヴィルヘルムはエリアスの随員として紛れ込ませた部下に命じて、兄の目につく仕事を増やすように命じていた。

 兄は昔から完璧主義で人に執務を任せるのが嫌いで、すべてを自分で処理したがる。

 だから彼の仕事を増やしてノイメルシュへの帰還を遅らせるように手配したのだ。


「すでに向こうを出たにしても、今の時期は風の影響で海路も時間がかかりますし、陸路のフィリー山脈は雪で閉ざされています。エリアスは往路渡航中に体調を崩していたとライモンドが言っていましたし、無理な帰国はしないでしょう。ノーザンバラもすでに動き始めている以上、彼らがこちらに戻る頃にはなんらかの進展があると思います」


 学園の講師や生徒を選抜する時点で経歴に引っかかりのある人間が混ざっており、ノーザンバラ帝国が再び裏で動き出したとヴィルヘルム達は考えた。

 レジーナはノーザンバラへの介入の道具として利用するためとノーザンバラからの目をリアムから逸らす為にノーザンバラの先代皇帝の娘であった元王妃との間に作った娘だ。逆に言えばノーザンバラもレジーナの事をこの国への介入の神輿に使えるということだ。

 ノーザンバラ帝国はかつて自分がそうしたようにレジーナを利用し、連合王国を中から崩そうとしてくるだろう。

 現に彼女が帰ってきてからノーザンバラの密偵と疑わしき人間の動きが活発になっている。

 だからノーザンバラ帝国の工作員への囮とレジーナがメルシア連合王国を裏切らないか試すために、彼女をベアーテと自分の子供として王女に戻し、囮に使う事に猛反発しそうなエリアスを保護者の地位から外して、自分の娘として学園に通わせ、さらにエリアスを物理的に遠ざけた。


「ノーザンバラ帝国自体を滅ぼし解体してしまえれば、このような悩みを抱えることもないのですが」


「この国は反帝国で寄り集まって出来た国だからな。皮肉なことだが、今ノーザンバラ帝国という敵国がなくなれば、こちらも早晩瓦解する」


「レジーナの事、エリアスに恨まれるでしょうね」


「アレを断罪する事になればそうだろうな。レジーナが、母親の悪性を継がず、帝国に与しない強さを育ての親から学んでいてその誘惑を跳ね除け、結果的に断罪せずに済むことを期待しよう」


 ヴィルヘルムはそう締めると、手元の書類をまとめて、薄い袋に入れ、書類棚に入れる。

 オディリアが望んでいた誰もが笑って過ごせるような理想の国はいまだ遥かに遠かった。

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