悪役令嬢(ジョヴァンニ視点)

「食事、いつもどこで食べてたんです? 食堂で見かけないと思ってたんですけど、もしかしてこういう事がよくあるから避けてたんですか」


 ジョヴァンニはポレンタをさらいながら、レジーナに尋ねた。

 逡巡したあとに首肯したレジーナはポツリと言った。


「えーと……だいたいは外で」


「このくっそ寒いのに?! っと失礼。リアム殿下なりアネット達なりと食べればいいじゃないですか」


「リアムには友達と食べてるって言っちゃったし、アネット達にまで飛び火したらもうしわけないし……あと、おおごとになってパパにこの事が伝わったら、あの子達の家がどうなるか分からないし」


「いや、自業自得でしょ」


「怖いの……自分が原因で他の人が不幸になるのが……」


 彼女は自分の持っている力をよく理解していて、そして怯えている。

 そこまで無体な事はしないとは思う……そう思いたいが、オクシデンス商会にしろリベルタ大公にしろ、敵に回したと知られたら本人が何かをしなくても回りが勝手に忖度して報復する可能性もある。そう考えれば彼女の恐怖は当然のものかもしれない。


「ノーザンバラの血を引いてる奴もそこそこいるはずなんですよ。インテリオ公の母上はノーザンバラの公爵令嬢ですし、ベルニカにもヴォラシアにもいるはずだ。ノーザンバラは近隣国を武力で侵略しつつ、直接侵攻出来ない国の王族や有力貴族に自国の皇族や貴族を縁づけ、その国を内側から揺さぶっていくのが常套手段だったみたいです。ただ、貴女はどうしたって目立つ。明確にあの国の血を引いていて、母親である王妃の罪が詳らかになり、王位継承権を剥奪されているから」


 食後の茶に口をつけたジョヴァンニは押し黙ったレジーナに菓子を勧めて話を続ける。


「恨みをぶつけたい奴にとっては格好の標的、ノーザンバラと血縁がある者にとっては矢面に立ってくれる生贄の山羊……貴女は今、誰にとっても都合のいい悪役令嬢ってところでしょうね」


「悪役、令嬢……」


「けど、貴女がそんな位置に甘んじる必要はない。一人耐える必要なんてない。だからちゃんと誰かに相談すべきです。あの少女や他に嫌がらせをしてくる人間のためにもならない。それをやってはいけない事だと認識させなければ、結局度を越して取り返しのつかない事になる。リアム殿下を虐げたテオドール達のようにね」


 ぴくりと肩をこわばらせたレジーナは取り繕うように菓子を口に運んだ。

 リベルタ暮らしとは思えないほどその所作は洗練されていて、見惚れるほどに美しい。

 コミュニケーション面では不器用だが心映えも優しく魅力的な少女が生まれのせいで排斥されて外で一人で食事をしているなんて、と同情めいた気持ちを覚えたジョヴァンニはふと引っかかりを覚えた。

 ディオンが目撃したという冬の庭にいるカップルとオリヴェルに似た教師。

 そこの様子を探りに行くと言ったオリヴェルに巡回するのを許したライモンド。

 そして、今日に限っていつもはいないレジーナがここにいる。

 レジーナがここにいるのはオリヴェルを警戒しての事ではないか?

 そう考えると何度も誰か分からないと繰り返していたディオンの不自然な科白が腑に落ちる。

 彼女には秘密の恋人がいて、それを暴かれたくないから、今日はここで食事をとっているのではないか。


「殿下、よければ今日だけでなく明日からもオレと一緒に食事を取りませんか? 学生会の役員同士だし、三年なんで少しぐらいは貴女の盾になれます。こういうこともリアム殿下で慣れてますし」


 探る気持ち半分でジョヴァンニが提案すると、カンノーロを食べ切ってハンカチで手を拭いたレジーナは微笑んで今度は首を横に振った。


「ありがとう。でも男性と二人で衆人環視の中、毎日一緒に食事を取るのは体裁が悪いと思うし、ジョヴァンニのことも巻き込めない。その気持ちだけ受け取るわ」


「リベルタ大公達に比べたらオレは頼りないとは思いますけど、その分フットワークは軽いしちょうどいい愚痴吐きの相手になると思うんで、いつでも気楽に頼ってくださいよ」


 そろそろ昼休みも終わる時間だ。思いを込めてジョヴァンニは伝えてレジーナと別れる。

 教室に戻ってすぐに、ジョヴァンニは本人を問いつめない事を念押しして、リアムにレジーナの現状を伝え、彼女の身辺調査をする事を提案した。

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