そういう星回り(ジョヴァンニ視点)

 学食では日替わりで各地の料理が楽しめる。

 ジョヴァンニは本日のB定食、北部風鱒のミルクスープに黒パンを添えたものと温野菜を取り、学食の席を探して奥の方に歩いていた。

 学祭の地方料理の出店は学食の発注ルートを使わせてもらえば色々交渉せずに楽に進むな、などと考えていると小さく抑えた悲鳴と食べ物がこぼれ木製の食器の転がる音が聞こえた。


「あらぁ、大丈夫ですかぁ! 殿下! 何もないところで転ぶなんてドジなんですねぇ」


 ジョヴァンニは見てしまった。そう揶揄して笑う少女がレジーナが引っかけたとおぼしき爪先を戻したところを。

 去年までに比べたらずいぶんお行儀の良くなった学校だが、陰湿な人間はまだまだ生き残っているようだ。

 食事を取っている生徒に声をかけ、机にトレーを置かせてもらうついでに食堂の職員の掃除の手配を頼んで、ジョヴァンニはレジーナの元へ駆け寄った。


「怪我はないですか? レジーナ殿下」


「少し打っただけでたいしたことはないわ。それよりも食事が……」


「仕方ないですよ。他の人にかからなかったのはラッキーでしたね。おい、お前ら」


「なにかご用ですか?」


「人が転んだら椅子に座って見下ろすのではなく、助け起こすなり人を呼んで片付けを頼んだり、手を貸すのがあたりまえだろ。そもそも君は王族を見下ろせるほど偉いのか?」


「そういう先輩だって、私達に意見するほど偉いんですか? ノーザンバラの将軍にうちの男達は殺されたんです。手を貸す義理があると思いますか?」


「いいの。うっかり転んじゃったのは私だし。ほんとにいいのよ。騒がせてごめんなさい」


「レジーナ殿下。あいつらに足を引っかけられたでしょ? ここで甘い顔する必要……」


 助けあげるついでに相手に聞こえないように耳打ちするも、曇った顔で唇を引き結んで首を振ったレジーナにジョヴァンニは細い目をさらに細めた。

 ちょうどいいときにやって来た食堂の職員に、床の片付けを頼むと、明るい声を作って聞こえよがしにレジーナに話しかける。


「あー、文化交流祭の相談したいので一緒に食事をしていただけますか? 、この機会に意見を交換したいんです」


 どうにも自分はそういう星回りにあるらしい。

 レジーナとリアムの育ちは全然違うはずだし、学生会での様子だってずいぶんと違う。

 顔だって似ていないのに、辛いことをこらえる時の雰囲気ばかり兄妹でやたらと似ている。


「え、ええ……。ごめ「当然でしょう。学年は違いますが、オレは学生会の会計で、あなたは一年生の代表、副会長ですから」


 謝ろうとしたレジーナにジョヴァンニはかぶせ気味に言葉を重ねて手を差し出してエスコートし、さきほど食事を置かせてもらった席に戻るとちょうど食べ終わったらしく、席を譲ってくれた。


「ここで座って待っててください」


 ジョヴァンニはカウンターに行って、レジーナがこぼしたコーンの粉を練って作ったポレンタという食べ物と肉の煮込み、ついでに自腹でカンノーロを頼んでチーズクリームとナッツを詰めてもらう。


「はい、これ。もし重いようならオレのと交換しますけどどうします? 遠慮なく好きな方を選んでください」


「じゃあ、そちらのスープをもらってもいいかしら……」


 遠慮がちに言われてジョヴァンニは笑顔を作った。


「ちょっと冷めてるかもですが、熱々よりも食べごろですよ。毒見いります?」


「ううん、大丈夫」


「じゃ、食べましょう。あ、あとこれ、食堂のおばちゃんからのサービスです。オレが男前なんでくれました」


「じゃあ、貴方が食べないと」


「この菓子、うちの近くの領地の名物で、子供の頃にうんざりするほど食べてるんで、遠慮せずにどうぞ。早く食べないとクリームの水分を吸って皮のサクサク感がなくなっちゃうんで、食事も早く食べましょうね」


 レジーナの向かい合わせに座って香味野菜と牛の胃袋を濃い味のソースで煮込んだ料理を一口食べ、ポレンタも食べる。


「えっ、うま……! 地元料理だから外したけどうまっ! 次からこれが来たら絶対こっち選ぼ」


「このスープもすごく美味しい……ごめんなさい。ジョヴァンニ」


 まだ曇りの取れない顔で、それでもレジーナは笑顔を作って謝罪する。


「あー、謝らないで。殿下のおかげでここの食堂で出される地元の料理が美味いってわかったので僥倖です」


 こうして曇った顔で謝られるのはつらい。

 憂い顔が多いが、ジョヴァンニはレジーナがたまに見せる屈託のない表情がとても好きだ。

 身分差もあるから先輩後輩、せいぜい友人止まりだと分かっている。

 だが、少しでもその憂い顔を晴らしたいとジョヴァンニは思った。

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