組紐は捩れ絡まる
放課後の学生会室。学生会の役員だけで集まって、先日教わった組紐の続き———人によっては作り終わっているので最初の習作を終わらせた人間は販売品の制作だ———をやる事になった。
「出来ました。どうでしょうか? 殿下」
アネットが前回から作っていた組紐をリアムに手渡した。
「とても、良い出来だね」
彼女の菓子と同じぐらい丁寧に作られたそれを褒めて返そうとすると、アネットは頬を染めて組紐細工の上に手を重ねる。
「あの、これ、殿下の安寧を祈念しながら作りました! 受け取ってください」
「えっ……! 僕に?」
アネットの勢いに押されて、手の中に小さなお守りを受け取ってしまったリアムは逡巡の末、ユルゲンを呼んだ。
「アネット。気持ちはありがたいけれど、僕自身はこれをつけられるような剣を持っていないし、僕の剣はユルゲンだ。だから、これを彼につけてもらってもいいかな?」
「え……っ! その、ええ。もちろんです」
「ユルゲン。いいかな」
「もちろんです! 殿下の剣と言っていただける上に憧れの剣帯護りを我が剣に付けられるなんて最高の誉です……!」
「君のこれからの働きに期待している。ユルゲン。剣を」
恭しく差し出されたそれに丁寧に飾りをつけて感涙に咽ぶユルゲンに返すと、リアムはアネットに向かって微笑んだ。
「アネット。ありがとう」
「よろこんでいただけて、光栄です」
アネットのほんの少し曇った笑顔にリアムの良心は疼いた。自分がずるい返答をした自覚はある。
「あの……」
「あっ、やだ、睫毛が目に入ってしまったかも。ごめんなさい! 少し席を外します。すぐに戻りますのでお気になさらず」
普段は決して音を立てない椅子を鳴らす音を立てて立ち上がったアネットは学生会室を飛び出していった。
アネットがおそらく自分に好意を抱いている事は察していた。そしてその気持ちに他意がない事も。
今まで向けられたことのなかった類の好意を断るのは怖いし、学生会の役員が揃う中で彼女の面目を潰してそれを突き返す勇気はリアムにはなかった。
だが、それ以上にアネットの気持ちの篭ったそれを受け取って、身につけるわけにはいかないと思ったのも事実だ。
自身の持つ護身具につける飾りを作って欲しい相手はただ一人だけだから。
小さくため息をついて眉間を揉み、リアムは場の空気を取り繕うようにレジーナに声をかけた。
「ジーナ、ごめん。ここがうまくいかなくて。教えてくれる?」
「ここは捻らずに上から被せて左側の二段目に通すの」
「ありがとう。ジーナ。分かりやすかった」
「どういたしまして」
レジーナに礼を言うと、レジーナは再び器用に組紐を編み始めながら肩をすくめた。
その横で、まだ慣れぬ手つきで組紐を編みながらディオンが唐突にオリヴェルに尋ねる。
彼もこの空気を変えたかったようだ。
「そういえばオリヴェル先生。今はローブ着てないんですね。昼は着てたのに」
「ん? オレは式典の時以外、ローブなんて着たことないヨ。いつもはロッカーに置きっぱ。
「え、じゃあやっぱりあれ、先生じゃなかったのかな? その、先生みたいな人を見かけて」
「えっ! どこで?! 本当に?! オレに似たやつとか興味ある」
オリヴェルの食いつきに面食らったようにディオンが頷いた。
「えっと、冬の庭の側で……昼休みに」
「へぇ。他に誰かいた?」
いつも通りの軽い口調だが、リアムはうなじの毛が逆立つような感覚を覚えた。
まるで何かを探るようなぴりりとした空気がオリヴェルの周囲を覆っている。それに気がつく風もないディオンはある意味大物だ。
本人は嫌がるだろうが、その鈍感さは父親によく似ている気がする。
「あっ……えーと、その。誰かはよく分からなかったですけど! いちゃついてるカップルがいて、誰かは分からなかったんですけどね! それで冬の庭で食事を取らずに戻ろうかなって思ったら先生っぽい人をチラッと見かけて。その髪の色目立つでしょ? ベルニカ出身でもそこまできらきらした髪はあんまりいないじゃないですか。教師用のローブを着てたからてっきり先生かと」
ことさら大きい声でディオンが言った瞬間、レジーナが組紐の紐を強く結んだ。
「びっくりした! 急に大きい声で驚かさないで。ディオン先輩!」
針を使ってきつく結びすぎた紐を解きながらレジーナが取ってつけたように言い、ディオンも大袈裟に手を振った。
「あ! ごめん。驚かせて」
そのやり取りを気にする風もなく、オリヴェルはつま先で床を打ちながら愉しげに言った。
「へー、ふぅん。庭にもう一人オレがいたなんておっもしろ! パイセン! もう一人のオレ探しにいっていいですよね?」
「好きにしろ。しばらく、俺がいる時の殿下の護衛の任を解く。お前がいても対して役に立たんし、気が済むまで自分探しに勤しんでこい」
「姫サン、パイセンの許可も得たことだし、オレは今から自分探しにでかけまーす。死なない程度に頑張るために、このお守り貰ってくネ。オレの為に作ってくれてたんデショ。色もオレ色だし」
「ち! 違いますわ! それは!」
「へー? じゃあ、どう言う意図でこの色味なワケ?」
「こ! これはその!!」
ソフィアの白い肌が桜色に染まって、その紅い瞳と視線が合う。
だが、ソフィアは合った視線を外してしまった。
そして、彼女が先ほどまでなにかから目を逸らすかのように一心不乱に組んでた組紐細工を手の中に握り込んだ。
「そ! そう! こ、これは! 父様にあげるつもりだったのです! 断じて誰かに自分の色をつけて欲しくて作ったワケじゃありませんわ!」
「へー、ふぅん。照れちゃって可愛い。オレはサミュエル様の剣だから、要するにオレのってことじゃん」
先程アネットにした仕打ちを当てこすられてリアムは俯いた。
「父様は自分の剣を持っていますわ! そ、それ用です!」
「はいはい。でもこれはオレが貰うって決めたから」
ひょい、と軽々とソフィアの手から剣帯護りを取り上げ、残っていた仕上げの作業をさっと済ませて細工を完成させたオリヴェルは自分の剣に取り付けた。
「殿下ちゃん。ソフィアの初めてはもらってくネ。愛ってのは奪う物だし。半端な態度でいい顔する奴、ムカつくし」
じゃ、と飄々とした態度の裏に千の針を込めて出て行ったオリヴェルを止められず、リアムは机の上で拳を握りしめた。
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