学生会

「在籍の生徒をだいたい地域別に分けられましたよ」


 最後の一枚の書類を確認したディオンの言葉にリアムは頷いた。

 生徒達の身上書を元に文化の近い地域別に分けて、学年違いでも近隣の者同士で組めるように一覧を作り、その中で小グループを組んでもらって商品の出店を出すか、地域色の強い出し物をやるか決めてもらう事になる。

 また、これらに参加しない生徒については武術大会か、チャリティバザー商品の制作に参加してもらう。

 生徒全員、何かしらに関わってもらう算段である。

 当日は武術大会の本戦参加者以外は、それぞれの出し物や出店、チャリティバザーの手伝いの合間に、交代で祭の運営も務めてもらうようにすると決めた。


「ありがとう。一度休憩にしよう」


 リアムの言葉に皆が頷いてテーブルの上の文房具を片すと、ライモンドとユルゲンがコーヒーポットと茶菓子を持ってきた。


「今日もアネットから差し入れのケーキです」


 そう言ってユルゲンが顔を緩め、切り分けたアプフェルクーヘンを一切れづつ皆に配った。


「ありがとう。アネット。でも、仕事も忙しいし、学業も大変なんだから無理しなくてもいいからね」


「菓子作りは気晴らしなので、無理はしていません。お気遣いありがとうございます」


「素晴らしい趣味だと思う。さっき先生と味見毒見したけど、今日のケーキもすごく美味かった」

 

 ユルゲンは食い気とアネットへの好意を隠そうともしない。大型犬が尻尾を振るがごとくの様を微笑ましく思いながら、リアムは胃の様子を鑑みた上でやっと出してもらえるようになったコーヒーを飲んだ。


「いやでも、もう一度殿下の言葉を借りるけど、無理は禁物だから。正直、アネットの仕事には助かってる。転記は正確だし、計算も早い。見積もりの取り方だって、教える前から充分以上に理解している」


 ジョヴァンニがアネットの仕事ぶりを認める発言をして、頭を下げる。


「顔合わせの日は申し訳なかった。仕事が大変なようなら手を緩めて欲しい。オレもフォローする。あの時きついこと言ってしまったから無理してるんじゃないかと思って」


 アネットが仕事を誠実にこなしているから、あの時腐してしまった事をジョヴァンニなりに引きずっていたらしい。


「いいんですよ。謝っていただいていますし、学生会のお仕事は楽しいので苦に感じません。それに、その……兄は書類仕事が苦手だったので、去年はジョヴァンニ先輩に本当にご迷惑をおかけしていたかと思います」


 逆にジョヴァンニに頭を下げたアネットを見ながら、リアムはアネットの兄のことを思い返した。正直、あまり記憶にない。

 テオドールとよくつるんでいた令息のうちの一人で、特に家格が高かった程度のイメージだ。

 リアムが休学した後、学生会の副会長に収まり横柄を極めていたらしいから、あの査問の場にいたら連帯責任を取らされていた可能性は高い。

 そう考えると病気療養とはいえ、あの夜会のパーティーの前に離脱したのはロスカスタニエ家にとって相当幸運だったのではないだろうか。


「カールマンだっけ。僕は付き合いがなかったんだけど、具合はどう? 病を得て加療中と聞いたけれど」


「オクシデンス商会から購入させていただいた新大陸の薬がよく効いて、随分良くなりました。レジーナ殿下、オクシデンス商会の皆様にお礼をお伝えください」


「商売でやってるんだから、お礼の必要なんてないわ。というか、相当毟られたんじゃない? 大丈夫?」


「まあ、なんとかなっていますわ。私も寮生活を過ごせていますし、兄も体調の良い時は領地の仕事をしてくれているんですよ」


「領地の仕事を継嗣がするのは当たり前でしょう?」


 ソフィアのまっすぐな問いにアネットの眉が下がる。


「ええ、なので両親も学園が休みの間にタウンハウスに戻ってできる量を兄に頼んでいたんです。けれども、寮に入って学園に通っていた頃は学生会の仕事が忙しくて、手が回らないと」


「忙しくしてたのはオレだけだな。家に戻った時に締め上げてやるといい」


 苦笑して吐かれたジョヴァンニの毒とアネットの様子に何か察したのだろう。ソフィアが労わるようにアネットに尋ねた。


「書類仕事を嫌う人は多いですものね。もしかして入学するまでずっと領地の仕事を? そうだとしたら大変でしたわね……」


「ま、領地持ちなのに、総督としての仕事推し活が我が使命ですし、領地運営苦手なのでお任せしますね、とか手紙に書いてよこして母様……母上に丸投げして帰らない馬鹿もいますから」

 

 自分がかわりに仕事をしていた事を認めていいのかためらいがちに視線を散らしたアネットに、ほんの少し拗ねた声のディオンが実例をあげてやり、それで学生会の仕事も良くできるのか、とジョヴァンニがさらに確認すると彼女はやっと頷いた。


「領地との往復で忙しい両親の補佐を、タウンハウスでしていました」


 淑女らしく濁されたアネットの言葉の端に陰が差した。

 彼女の兄カールマンはキュステ公爵公子であるテオドールと侯爵である親の権威とを借りて傲慢に振る舞っていたが、おそらく家でも妹や使用人に対して似たような様子だったのだろう。

 テオドールにいいようにあしらわれていた自分にその姿が重なって、リアムは同情の視線をアネットに向けた。

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