冬の庭(レジーナ視点)

 作り込まれた冬の庭は寂寥だが美しい。

 茶色く立ち枯れても愛らしい形を残すダンギクと、鮮やかな赤さのサンゴミズキの枝やヘザーの赤紫、常緑の芝の対比が鮮やかで目を楽しませてくれる。

 だが、その美しい景色を作り出す寒さは南国育ちのレジーナには耐えがたかった。

 身を震わせたレジーナは冬用の厚手のローブの合わせをたぐり寄せ、下から全てホックを掛けて前をしっかりと閉じるとマフラーの位置を調整した。

 十一年ぶりに味わうディフォリア大陸の初冬は、骨の髄までその身を凍えさせる。

 皆がこの寒さや垂れ込める鈍色の雲に平気な顔をしていることが信じられない。

 学生会の三年生、兄の護衛でもあるユルゲンなど、夏のローブを引っかけるのも暑がり、今年から正式採用されたウエストコートすら身につけず、今だにシャツ一枚の時があるほどだ。

 暖房の効いた部屋でさらに暖かな毛皮でもかぶっていたいのが本音である。

 だが、それでもレジーナが外に出るには理由があった。

 教室に居づらいのだ。


 事の発端は文化交流祭についての説明を行った時だった。

 説明が終わって質問を受け付けたところ、一人の生徒が棘を含んで言った。


「レジーナ殿下はノーザンバラの紹介をされるのかしら」


 レジーナはそれになにも言い返せなかった。

 ノーザンバラ帝国の事などメルシアで習える教養程度の事しか知らないが、レジーナが幼い頃に亡くなったレジーナの母はノーザンバラ帝国の皇女だったからその身には確かに彼の国の血が流れている。

 メルシア連合王国の東寄りの地域の貴族は一度はノーザンバラの顎に捕らえかけられ辛酸を舐めた記憶があり、いまだにそれを引き継いでいる。

 そもそもディフォリア大陸の中で最も西側に位置し、急峻であるフィリー山脈を越えた旧メルシア王国でさえ謀略によって手を伸ばされていたのだ。

 ノーザンバラ帝国の皇女の血を引くレジーナに忌避感を持つ連合王国の貴族は少なくない。

 ケインの姉を義母とする籍を新たに作ってもその身に流れる血は濯げない。

 唇を噛んで俯くと、ノーザンバラに対する憎悪を持った生徒達の負の感情が教室に広がった。


「殿下のお母様の産まれがノーザンバラ帝国でも、殿下には関係ありません」

 

 アネットが眉を下げて取りなそうとしてくれるのをレジーナは首を振って止めた。


「いいの……実母がノーザンバラ出身なのは事実だし……」


 不意に机が叩かれて振り向くと、一番後ろの席に座っていたテオドールが腰を上げ、苛立ちをその顔に浮かべて低く言った。


「カールマンの妹はいいことを言う。国王陛下と廃妃は国の政略で結婚した。ノーザンバラの血を引いていようが、レジーナは正式に婚姻を結んだ両親の元でメルシア連合王国に王籍を持つ王女だ。そしてリベルタでの養い親はリベルタ大公、元妃が廃された今は、現王妃と王の籍に入れられた嫡出の王女だ。王族に対してあまり過ぎた口をきくな」


「あんたみたいになるからか?」


 侮蔑を隠さず、男子生徒の一人が言ってクラスが押し殺した嘲笑に包まれた時に担任が割って入り、口火を切った女生徒とその男子生徒の二人を別室に連れ出した。

 その時はそれで終わったし、教師がきっちりと注意したのか、そこから面と向かってノーザンバラの血を引くことを言われることはなくなった。

 だがやはり教室の空気はレジーナにはよそよそしさと険を含んで居心地が悪かった。

 アネットはそれを察してクラスで浮いてしまったレジーナを気にしてくれ、親しい友人達のグループにレジーナを入れてくれた。

 その思いやりはありがたかったし授業の時はその好意に甘えたが、おっとりとおとなしいアネットと仲の良い令嬢達と父のおかげで教養や立ち振る舞いこそ令嬢と遜色ないが、文化的には庶民育ちの自分が話を合わせるのも難しかった。

 だから食堂での食事は、リアムと一緒に食べることになっていると偽って断った。

 リアムとソフィアは別室で食べているから、しばらくは気がつかれないだろう。

 そもそも本当にリアムと食べたっていいのだ。彼らは暖かく自分を迎えてくれるだろう。

 ソフィアと自分は育ち方が少し似ているせいか気を遣わずにやり取りが出来る。

 そもそもリアムも毒見もあるから一緒に食べようと言ってくれていたのだ。

 それを入学当初、クラスで友達を作りたいからと断ってしまったのは自分だ。

 リベルタでは同年代と関わることは少なかったから友達に憧れを抱いていたのだが、結局自分で居場所を作れずこうして一人冬の庭をさまよっている。

 庭の奥に風景を座って楽しめるように作られた小さな建造物がある。そこでランチボックスを食べようと決めて、レジーナは足を向けた。

 だが、誰もいないだろうと思っていた打ち捨てられた神殿を模して作られた東屋には先客がいた。

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