メルシア王立学園文化交流祭

「今年度は、何か連合王国の各地域の皆が仲良くなれるような催しをやれればいいなと思っているんだ」


 全員の抱負を聞き終え、一通り一年間の仕事の流れを説明したリアムはそう切り出した。

 一年生の時はジョヴァンニと二人、目の前の仕事を片付けるだけで精一杯だったが、この学生会のメンバーならば催事をやる余裕もありそうだ。


「父上に奏上したらやりたいのなら応援すると言われた。必要に応じて予算を組んでもらえることになってるよ」


「なにか良い案ががありますの?」


「今は大陸共通語で話しているけれど、皆自国語があるでしょう。その地域の言葉でその地域の伝承や物語を劇を演じる演劇祭はどうかな?」


 自信を持ってリアムは提案した。が、それに返ってきたのは沈黙だった。


「え、あれ? だめ……?」


「僕は舞台を見るの嫌いじゃないので、悪くないと思いますけど……」


 ディオンが口火を切った。その濁した後に何かあるならはっきり言って欲しい。


「面白い試みだとは思います」


 アネットがそれに賛同するが、だとは、というところに含みを感じる。


 と思っていたところに、レジーナがつめてきた。妹は歯に衣を着せない。


「分かんない言葉の劇を見たって、何やってるか分からなくて、つまらないと思うけど」


「ソフィアはどう思う?」


「舞台を見た経験が乏しいので、わたくしに意見を求めないでください」


「ジョヴァンニ……」


「いかにも優等生っぽい、偉い人ウケしそうな企画ですね」


「ユルゲ……」


「演劇じゃ寝てしまうので、武術大会はどうですか? ライモンド先生とオリヴェル先生の戦い方は相当違ってて、各地域によって全然違うんだなってわかってすごく面白いですよ」

 

「武術大会! それはいいですわね」


「明らかにソフィアの食いつきが違う!?」


「両方盛り上がらない気がするけど。嫌いな人にとってはどっちも苦痛じゃない?」


 醒めた発言をするレジーナが救世主に見える。武術と縁遠いのでこれが通るとなかなか厳しい。


「正直僕は剣の腕に自信がないから、武術大会に全員参加と言われると困る」


 ケインやライモンドに、剣のセンスはないから最低限の護身をきっちりと身につけて接近戦は護衛に任せ、あとは銃の扱いを覚えた方がいいと、はっきりと言われている程度の腕だ。


「いやいや、さすがに殿下は免除でしょうけど、僕も正直剣は苦手なので、武道会は困ります。舞踏会なら、なんとかなりますけど。それに地域の名誉をかけて武術大会をやって、勝ち負けを決めたら後々まで禍根になりませんか?」


 ディオンがそう言ってソフィアを見る。


「……ならないとは言い切れませんわね」


「親睦を深めるためにやる目的が飛んじゃうね」


 リアムはため息をついて紅茶に口をつけた。

 全員思案するような様子でそれに倣った。

 ソフィアが目の前に置かれていたバケツ型の小さなケーキに手を伸ばして齧り付く。


「あら、これ、マドレーヌ? すごく美味しいけれど、形が違いますわね。どこのお店の?」


「私が作ったものです。うちの地元ではこの形で焼きますが、地域によって違いますよね。殿下達のご厚意で今日のお茶請けにしていただきました」


「すごいですわ。こんなに美味しいお菓子、自分で作れる物ですの?」


「混ぜて焼くだけなので簡単ですよ」


 ソフィアとアネットの会話に、ジョヴァンニが突然立ち上がった。


「同じ菓子でも地域によって違う……各地域の特産品の紹介と即売はどうですか?」


 それに真っ先に反応したのはレジーナだ。


「あ! それはすごく楽しそう! 海亀島の港みたいに地域の特産品を屋台で出すのはどう?」


 先程までのどれにも気が乗らない怠そうな様子から一転、目を輝かせている。


「海亀島の港……あれか。確かに楽しかったけど、受け入れてもらえるかな?」


「なんですか、それ。詳しく」


「ジョヴァンニは商売になりそうとなると食いつくね」


「領地の特産品を売れるチャンスなら食いつきますよ。領民を富ませないといけないですし」


「僕達が行った海亀島の港を降りてすぐのところにマーケットがあって、定期船の乗降客や船乗り達が、土産やちょっとした軽食を買える屋台がたくさん出ていたんだ。ただ、基本立ち食いだし、皆が受け入れるかなって」


「立ち食い……ですか?」


 アネットはそこにためらいを覚えたようだが、レジーナが強く主張した。


「あのちょっとお行儀の悪い感じがいいのよ。飲み物とちょっとした食べ物を買って、食べながら歩いたり、桟橋や広場の腰かけられる所で食べて、吟遊詩人が謳ってくれる流行歌に投げ銭して、気が向いたら皆で輪になってダンスするの」


「投げ銭……ダンス??」


 リアムは去年一年で多少詳しくなったのだが、箱入りのアネットにとっては想像しきれないらしい。


「地元の祭もそんな感じでしたね。力比べや人形劇もあって」


 ディオンが楽しそうに相貌を崩した。そうやって笑うと年齢相応の純朴さが垣間見える。

 レジーナとディオンの様子を見て、なにか閃いたらしいジョヴァンニが提案した。


「殿下。学園で祭をすればいいんですよ。各地域の劇や、食品の食べ歩きが出来る屋台、その地域独自の工芸品の雑貨マーケット。あと希望者が参加できる小規模な武術大会、それに例えば伝統舞踊や衣装の紹介なんかどうですか? それなら貴賎なく好きなものに参加できると思いますし、嫌々参加する人間を限りなく減らせます。まあ俺たちの仕事という視点でみればゲロですけど」


 取りまとめの苦労などを考えれば確かに簡単な仕事ではないが、前向きな苦労ならば厭うところではない。


「いいと思う。祭の名前はメルシア王立学園文化交流祭にしよう。みんな、協力してもらえるかな?」


 リアムの確認に全員が頷いてくれる。

 自分の居所をまた一つ増やせた気がして、リアムは微笑んだ。

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