夢破れた少女(ソフィア視点 過去)
「とうさま! ソフィアはオリにぃにもイエルにぃにもかちました!」
ソフィアは修練場にやってきた父親の前で胸を張った。
張り付いたソフィアの前髪を指で持ち上げ、玉のように浮いた汗を手拭で拭ってくれた父は、ソフィアの胴を掴んで持ち上げくるくると回してくれる。それにソフィアはきゃっきゃと高い笑い声を上げた。
「すごいぞ! ソフィア! お前は剣の天才だ! そなたには天賦の才がある!」
「ほんとうですか! じゃあ、おうさまになれますか?」
「このまま修練に励んで他の者を圧倒できれば、ベルニカ初の女王、いや、女公爵か! になれるぞ!」
ベルニカが最も苦しい時期に誕生したソフィアは、ベルニカの希望と未来の象徴だった。
それはベルニカが連合王国に加盟した後も変わらず、物心つく前から慰問に連れて行かれ、騎士団にも顔を出すようになった。
騎士団といってもお堅い他領の騎士団と違い、ベルニカの騎士団は実際に国境を護っている荒くれ達の集団で、皆気安くソフィアのことを可愛がってくれた。
だから、物心がついたソフィアが騎士団の皆が振るっている剣に興味を持ったのは自然な流れだった。
父にねだって剣の稽古に混ぜてもらったら、剣の才能があった。
ソフィアは自分よりも年上の男児達、特にその中でも強いと言われていたオリヴェルにもイェルドにも勝てた。
ベルニカ公爵になるのは知力や人格はもちろんだが、それ以上に武力が重要で、女がその地位を継ぐことはほぼ不可能だったが、突出した剣技があれば叶うかもしれないと父に手放しで褒められた幼いソフィアは夢を見た。
そして、修練に励むうちにお飾りではなく実際に民を護る公爵になることが、ソフィアの夢になった。
だが、その夢は儚いものだった。
幼い頃は圧倒できていたイェルド達に筋力や体力がつき、実力が拮抗するようになった。
父はその頃にソフィアを王にすることが難しいと判断したのだろう。
メルシアの王族であるテオドールとの婚約が整えられて、母に淑女としての作法を身につけて同年代の少女達と交流を持ち、学園生活に備えるようにと言われ、そちらに時間を取るように強いられた。
だが、その時のソフィアは父のように身体を張って国や民を守る強い公爵になる未来を頑なに信じていたから、母に反発し、自分に甘い父にねだって修練に混ざり、少女達との交流を蔑ろにした。
化粧やドレス、恋や詩の話など馬鹿馬鹿しくて付き合いきれないと思っていた。
全力で体を動かし、稽古の隙間時間に明け透けで分かりやすい騎士団の男達のおしゃべりを聞いているのが楽しかった。
その後、本格的な成長期を迎え、体力や筋力の差を立ち回りや技量で補えなくなって同年代最強となったイェルドはもちろん、ベルニカの中では比較的細身なオリヴェルにも勝てなくなった。
ソフィアは跡取りのレースから完全に脱落した。強者でなければベルニカの王位を継ぐことが出来ない。
父はソフィアの挫折と納得を待っていたかのようにイェルドを養子に迎え入れ、そのスペアとして、もう一人別の騎士も養子に取った。
それにより、呆気なくソフィアの夢は絶たれた。
公爵になるという夢に邁進してきたのに、手の中には何も残らなかった。
だが失意に沈む間もなく、母と家庭教師に最低限の所作と言葉遣いを詰め込まれ、令嬢としては何も心構えも出来ぬまま、ソフィアは学園に入学した。
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