噂をすれば影がさす
放課後になり、学生会の顔合わせの時間。
リアムはジョヴァンニにつめよられていた。
「ほんっとうにカールマンの妹を入れるんですよね? 後悔はしませんね」
苦々しげに言い放ったジョヴァンニにリアムは同情の眼差しを向ける。
リアムがいなかった間ジョヴァンニは、他の役員達に親の爵位が低い事を理由にこき使われ、散々煮湯を飲まされたそうだ。
それを証明するかのように、会則は一部の高位貴族の子息の為に都合良く改竄され、ルドルフが作っていた帳簿は出費が不明瞭で帳尻が合わなかった。
新学期までに学生会を正常化するために、夜会の後から休み明けまで学生会の現三年生で書類の修正をしたが、どの書類もジョヴァンニがただしく雛型を作成したにも関わらず、それを適当にいじられておかしくなった痕跡が見受けられた。
その元凶の一人の身内と考えればジョヴァンニの懸念も理解できるのだ。
だが、それはそれとして彼女を選定した根拠もあるのでジョヴァンニには納得してもらわないといけない。
「テストの成績も素晴らしかったし、数字にも強かったし、字も綺麗だったし、面談した時の感じも良かったんだよ」
「本当ですかぁ? それなら殿下にフォローとか諸々おまかせしてもいいですね。彼女の兄貴は年齢17歳にして権威主義の
「ジョヴァンニ!!」
「なんですか?」
噴き上がっていたジョヴァンニを強く止めてリアムは胃を抑えた。今朝の胃薬フラグを回収してしまった。
ジョヴァンニもリアムが言わんとしたことを把握し、見開いた目元を手のひらで覆って天井を見上げている。ジョヴァンニの目があんなに開くのを見たことがなかったし、そういった表情をするのは初めて見るが、やらかしたという顔だ。
学生会室の入口にレジーナと一緒に制服姿の少女が困ったように立っていた。
噂をすれば影がさす、という。
ハーフアップにしたふわっと広がる柔らかな毛質の栗色の髪、限りなく茶色に近い榛色の瞳、背が高めのソフィアやレジーナよりも視線一つ分背が低い。
あの二人のような華やかな美貌ではなく、かといって思い出したくもないがエミーリエのような頼りなげな女性ともまた違う、清楚で可憐な雰囲気の少女。
今ジョヴァンニが非難していた、昨年度副会長カールマン・ロスカスタニエ侯爵令息の妹、アネット・ロスカスタニエ侯爵令嬢だ。
「ええと、その……」
「リアム殿下、この度は学生会へのお誘い大変光栄に思っております。ロスカスタニエ侯爵家のアネットと申します。リアム殿下も皆様方におかれましても、ぜひアネットとお呼びください」
どう声をかけるのが正しいのか逡巡するリアムにみずから自己紹介をしたアネットは淑女の礼を取る。
その所作は女性らしくたおやかで柔らかで美しかった。
「あ……ああ、よろしく。アネット。入って。今日の席はここ。レジーナは僕の隣に」
リアムは席を示したが、アネットはそこに座らず、ジョヴァンニへと向き直った。
「ダスティ子爵令息、昨年度は兄がご迷惑をお掛けし、大変申し訳なく思っています。兄の分も誠心誠意職務に邁進いたしますので、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」
ためらいなく他意なく、深々と下げられた頭にジョヴァンニが慌てている。彼の戸惑いは理解できる。侯爵令嬢が一介の子爵令息にこのように頭を下げる事はありえない。
「い、いや! こちらこそ悪かった。心ないことをいってしまって。その、君の兄上とはあんまり良い思い出がなくて、神経質になってしまったんだ。これから学生会の会計同士よろしく頼む」
「はい。よろしくお願いします。頼りにさせてください。先輩」
にこりと微笑まれ、ジョヴァンニはまんざらでもなさそうに頬を掻いた。
「ええと、レジーナ。ソフィアとオリヴェル先生はまだ? 一緒に来ると思っていたんだけれど」
「喧嘩してたから置いてきちゃった。で、アネットがここで困ってたから一緒に入ったの」
ジョヴァンニの文句は全部聞かれたと見て間違いない。人によっては喧嘩に発展するところを先に頭をさげて、穏やかに納めてくれたのはありがたい。
「入っていいのか分からなかったので、殿下にお声がけいただいてありがたかったです」
「二人ともソフィアとオリヴェル先生が来るまで少し待っていて。ライ、悪いけどお茶を淹れてくれる?」
「ライモンド先生。お手伝いします」
アネットがすかさず申し出るが、ライモンドはそれを断った。
「今日は新入生歓迎会もかねているから、気にせずに座ってろ」
「ですが………」
食い下がるアネットにライモンドは歯に衣を着せずに事実をいうことにしたようだ。
「毎回気にしそうだからはっきり言っておくが、殿下の飲み食いする物を用意するのは俺の職分で、お前らのはついでだから気にするな。それと学生会になにか差し入れする時はかならず俺かオリヴェルを通してくれ」
「それ、はじめて聞くわ」
口を挟んだレジーナにライモンドが目をむいた。
「俺はオリヴェルにお前ら二人に言うように伝えたが?? まあ良い、ロスカスタニエ令嬢。そういうことでよろしく頼む」
「あ……! はい、かしこまりました」
アネットが先ほど見せたようなバツの悪い顔をして、何かを鞄の後ろに隠した。
「ロスカスタニエ令嬢、それは?」
リアムでも気がつけたのだ。目端のきく護衛の二人が気が付かないわけもない。眼光を鋭くしたライモンドにアネットは気まずそうに可愛らしい紙袋を差し出した。
「学生会の執行部は学生同士のもっと親睦的な集まりかと思っていて。趣味がお菓子作りなのですが、たまに兄に作るように言われたので。それでご挨拶がわりに手作りの焼菓子を持ってきたのです。でもライモンド先生が食べ物の管理をしっかりとされてるのでしたら、手作りの物を持ってくるのは良くなかったですね。自分の認識が恥ずかしい……。今度ちゃんとしたお店で購入したものを、日を改めて持ってまいります」
「手作りの焼き菓子を作ってきてくれたのに、それを持って帰る?!」
それを聞いたユルゲンの太い眉がしゅんと下がって、リアムは苦笑する。
「ライ、アネットから菓子を受け取って。せっかくの気持ちを無駄にするのも申し訳ない。僕が最初に口をつけなければいい話だし」
「いえ! 持ち帰りますので。こちらこそ配慮が足りず、申し訳ありません。殿下のお心遣い感謝します」
「ユルゲンが食べたいんだって。親睦をはかるのは大事そうだし、そうやって気をつかってくれたのもありがたいから、ライモンドに預けてもらっていいかな?」
「ロスカスタニエ令嬢、毒味は入れるが全て確認していると思って気を悪くしないでくれ」
「もちろんです! 殿下、先生、リッツ様もお心遣い感謝します。あと先ほども申し上げましたが、先生もアネットとお呼びください。我が家の家名は発音しづらいですし」
そう言って菓子をライモンドに渡したアネットはエーデルワイスの蕾が綻ぶように微笑んだ。
その清楚な笑みに、ユルゲンは元より、あれほど不満たらたらだったジョヴァンニですら目を奪われていた。
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