新校長の息子

「あれ、どうしたの?」


 実のところあの場にいたくなかっただけなのだが、そのまま教室に行くわけにもいかない。

 二人をつきあわせる罪悪感を覚えながら、学生会室にライモンドもユルゲンの二人と共に行くと、サンドウィッチを食べながら書類仕事をする先客がいた。


「先輩こそ、今日は何かありましたっけ。おはようございます」


 ふわふわの癖毛のブルネットに三白眼気味の垂れ目。ぽってりとした唇を持つ、妖艶さを感じさせる美少年。

 今期から数字に強いジョヴァンニを会計に異動させたかわりに書記となった二年生、ディオン・ガイヤールだ。

 名前で分かる通り、彼は元リベルタ総督ヴァンサン・ガイヤールの一人息子である。

 昨年度の不祥事の責任をとって退任した前校長に代わり、学園の校長になったガイヤールが条件が合えばこき使って欲しいとディオンの成績表と身上書を学生会役員決めの書類に押し込んできた瞬間絶句したのも記憶に新しい。


『独身、子なしの推し活全つっぱおじさんだとばかり……』


『そこら辺はちゃんと弁えてますよ。腐っても貴族なので。推しへの課金は副業の稼ぎまで。領地の金には手をつけていないですし、妻とはゴリゴリの政略かつ契約結婚ですけどリベルタに行く前に子供も儲けましたし。領地経営がしたかった妻は後継も生まれたので、納得して私を送り出してくれて、骨になるまで帰ってくるなと言ってくれてます。良くできた妻なんです。まあ、今や顔もよく覚えてませんし、骨になっても故郷じゃなくて、エリアス殿下の横とは言いませんから、王家の神殿の裏のじめッとしたところにでも埋めて欲しいと思ってるんですけどね。殿下、よろしくお願いします』


 というのが本人の弁だが、ディオンは自分が生まれてから一度しか家に帰ってきてないのに学園で再会したとたんに構ってくる父に反発しているので、とても聞かせられない。


「早いね。ディオン」


「昨日の夜、校長が朝食を一緒に食べようって言ってきたので、来る前にさっさと出てきました。教室は教室で女子に囲まれて鬱陶しいし」


「嫌なのか?」


 ユルゲンがディオンに尋ねた。

 ユルゲン・リッツは金髪碧眼で古の戦士像のような深い彫りの容貌と、大柄で厚い体幹を持つ、いかにも騎士といった風貌である。

 端的に言ってしまえばゴツくて威圧感があり、本当はそんなことはないのに、常に不機嫌に見え女生徒から怖がられて遠巻きにされることが多い。


「どっちが? まあ両方とも嫌ですけど」


「校長はまあ分からなくもないが、女子とは芝生でピクニックして手作りのランチを食べたり、街の可愛いカフェにエスコートして二人で甘い物を食べさせあったり、刺繍のハンカチをもらったり、飾り紐を戦いの前に剣につけてもらったり、図書室で一緒に勉強したり、休みの日に街に一緒に出かけたり、まあ、ありとあらゆるそういう楽しい思い出が作れるんじゃないのか?」


 リアムはユルゲンのふわりとした憧れを想像してみる。

 言ってリアムもそういった楽しい思い出の経験は希薄である。

 神聖皇国の神殿騎士団開拓地で彼女の作ったスープを食べたのは確かに楽しかった。おもに作ったのはライモンドだったが。

 二人でキャンディをひとつづつ分け合って食べた。あれは本当に美味しかった。だがそれは果たしてカフェデートとイコールで結んでいいだろうか。多分良くない。

 どちらかといえば、海亀島の港の出店での買い食いの方が近いだろうか。いや、そもそもカフェのイメージがつかない。

 図書室で勉強は想像出来る。書類山積みで不味いが眠気の覚める飲み物を飲みながら徹夜で仕事したアレが近いと思う。徹夜が進むとどこかテンションが上がって楽しい気分になった記憶があるし、お互いに分からないところを談義しあうのは中々いい思い出だ。

 刺繍や飾り紐なんかの手作業はあまり想像がつかない。むしろ強さ的に言えば自分が彼女に贈る方かもしれない。ちょっと良いかもしれない。

つらつらと考えてリアムは結論を出した。


「好きな子とやったら楽しそうだけど」


「それですよ。殿下。向こうも僕も好きあってないですし、皆ちょっとした遊びぐらいの感覚で声を掛けてくるんです。だからうっとうしいだけ。僕、幸いにも父要素の薄い母似の中性的な美少年なのでモテるんですけど、しょせん遊びなんです。父がアレなのは知れ渡ってますから、真剣に結婚まで見据えたお付き合いを言い出す子なんてほとんどいませんし、いても今度は条件や相性が悪いんです」


「拗れてるなぁ……。モテるのはモテるので苦労が多いのは分かったけど。大変だな。ディオン。ね、ライモンド先生」


「そこでモテない仲間として期待した目で俺に振るな。俺がお前らの年の頃は学園がなかったから、そもそも無縁だ。だが、若人の特権だから今のうちに清く正しく肉体関係なく楽しんでおけ。貴族の恋愛や結婚は惚れた腫れただけで上手くいくもんでもないからな。家や家族や政治的要因が絡んでくる」


 ライモンドはそう言ってほんの少し疲弊した顔を見せた。

 一昨年、剣術教師として学校で働いていた時は、モテを意識しすぎてドン引きされてるとソフィアに言われる程度には良い出会いを求めて休日に街に繰り出したりしていたので、人は変われば変わるものだが、今は成人済みフリーの公爵嫡男として欲得の渦に巻き込まれてそれなりに苦労しているのかもしれない。


「そうだ。リアム、書類の確認しにきたのはいいのか?」


「あ、そうだ。今日の顔合わせに備えて、もう一度皆の身上書を確認しておこうと思って。一年生に皆のことを紹介もしないといけないし」


「ならそこに。と言っても、新しく入る一年生ってレジーナ殿下とロスカスタニエ侯爵令嬢でしょ。僕と侯爵令嬢以外は皆、王宮で顔見知りじゃないんですか?」


「まあね。僕が会長、副会長がソフィアとレジーナ、書記が君とユルゲン、会計にジョヴァンニとロスカスタニエ侯爵令嬢。僕達の卒業後を考えて二年生をもう1人ぐらい入れたかったんだけど、爵位と能力の折り合いが難しくて。今の一年生は全員試験を受けているからある程度能力の方は精査できてるんだけどさ」


「年内に調整をつけていけばいいんじゃないですか? 今のところは人数も多いぐらいですよ。先輩達、めっちゃ仕事できますし」


「ジョヴァンニもソフィアもものすごく仕事が出来るからね。それにディオンも。入学式の計画表、分かりやすいと先生方に評判だった」


 少年は顔を赤らめて俯く。


「父のコネで入ったお飾りと思われたくないですから! 領地で母の手伝いをしていて得意でしたし!」


 照れたように言った少年は、椅子に座って書類に目を落としたリアムの横でサンドイッチをパクついた。

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