枯葉王子と毒舌貴公子

「おっはー。殿下ちゃん、元気そうで何より。しっかし、そっちの護衛は相変わらずムサくるしいネ! 朝から見るとテンション下がっちゃう」


 ぱちんとウィンクした甘やかな顔の貴公子然とした青年を見た瞬間に、ライモンドがげんなりとした顔をする。


「俺はたまたま、行き合っただけだ。ケインさんにもう一度来てもらうか?」


「あっちゃー! はいサーセン、そーゆーセッテーっした。あの人との手合わせ、最高にコーフンするけど疲れるから勘弁ですー」


 オリヴェル・ベルゲン剣術師範補佐。

 ベルニカ公爵からの推薦で、ライモンドの補佐についた教師兼、もう一人の護衛。ソフィアの親戚。

 そしてソフィアの婚約者候補。


 オリヴェルと初めて会った日、『ソフィアの婚約者候補です、どうぞよろしく。親友殿下』と耳打ちで自己紹介されて、彼があの夜会の日にソフィアから聞いた例の幼馴染だと察した。

 

 夜会のあの日、告白してからおおよそ三ヶ月。ソフィアからの返事はいまだにない。

 見舞いにきてくれたあの時に、返事をくれるかもしれないと気にしていたのだが、あの日もいつも通り全く普通で拍子抜けしてしまうほどだった。

 見舞いの時は体調を気にしてくれたにしても、その後何度か機会はあった。

 想いを告げた後、色々ありすぎて告白のことなど忘れられてしまったのか、それとも友人関係を崩さないために決定的な断りを口にするのをためらっているのか。

 もう一度聞く勇気もなく、急かすものではないと自分をごまかして、忘れたような顔をしてソフィアと今までと変わらない友人付き合いをリアムはしてきた。

 だが、新学期になって、レジーナやソフィアに護衛としてオリヴェルが付くようになって、少なからずそれが揺らいでいる。

 星氷姫と呼ばれていたソフィアは物腰こそ多少柔らかくなったとはいえ、クラスメイト達との距離感はあまり変わっておらず、親しく付き合える異性は自分だけという驕りがあった。

 だが、オリヴェルはリアムとソフィアの距離感よりもさらに近くて気安い。

 ソフィアの幼馴染だから距離が近くて当然なのだが、どうしてもライバルという意識になる。

 そしてそうやって見ると、自分自身がかなうところがほとんどない気がしてくる。

 すらっとした細身に小さな顔、淡い白金とも銀髪とも取れる色味の髪の毛に赤い瞳はソフィアと同じ。

 顔面はきつく見えるソフィアと違って甘いハンサムで、品性に欠ける発言すら彼の魅力を損なわない。


「どうせ手合わせするなら姫さんと希望ね。おっと二人とも姫さんか! そだ、三人で、ヤっちゃう?」


「お兄様っ!!」


「やだなぁー。剣術の事ですヨ?……っで!!」


「この短い間に少なくとも二回は不適切発言があったぞ。いい加減にしろ。今日の剣術の授業は俺が見るから、その間に修練場100周な」


「ひどっ!! ライモンドパイセンのクマゴリラ!」


「ベルニカの奴らは舌の根に毒袋でもついてるのかい!」


「よくお分かりで。実は標準装備なんですよね」


 その場に入れていない、うっすらとした疎外感。

 入れてもらえるから入れるだけで、入れてもらえなければこうやって黙って聞いているしかない。


「ライモンド先生、すみません。学生会の資料を見にいきたいので、学生会室の鍵をいただけますか?」


「あー。俺もあそこに授業で使う道具置いてきちまったから一緒に行くよ」


「そういうわけでごめん! ちょっと急ぎたいんだ。今日の顔合わせの資料を確認したくて。ソフィアもレジーナも放課後よろしくね。ユルゲン行こう」


 そこを離れるのに特別な意図はないと言い訳を重ねたリアムはそれが悪手だとすぐに知った。


「え、学生会の仕事なら、オレ達も手伝わなきゃ。ねぇ、姫サン。だとどっち呼んでるか分からないから、ソフィアちゃん」


 ジリッとまた心が灼ける。


「ユルゲンと二人で確認できる量だから大丈夫です。では失礼します。あ、ベルゲン先生も今日はよろしくお願いしますね。他の子達の前ではさっきみたいな言動は慎んでください」


「カチカチ殿下ちゃんはもう少し、遊びを覚えた方がいいヨォ。今度こっそり街に遊びに行こ? 学園生に相応しい悪い遊び、先輩が教えちゃうから」


「興味ありませんし、心配してくれる人に誇れる自分でありたいので、結構です。お声がけはありがとうございます。先生」


 ぺこりと頭を下げて足早に校舎へと向かう。

 見た目や肩書きは先行して立派になった。

 リベルタでの経験を経て変わったと思っていた。

 だが今だに、床にべったりと張り付いた枯葉王子から抜け出しきれていないのだ。

 リアムは唇を噛み締めた。

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