ディクソン商会の新人店員(後半レジーナ視点)

「あ! 馬車を停めてもらえる!?」


「え、何かあった?」


 外を見ていたレジーナに突然そう言われて、リアムは馬車を停めるように馭者に命じた。


「ディクソン商会の本店があったの。ほんの少しだけ寄らせてもらっていい? すぐに済むから」


「ディクソン商会って東方貿易の? オクシデンス商会に言えば必要なものは用意してくれるんじゃないの?」


「違うの。オクシデンス商会は新大陸を基盤にしているから、扱っている商品が全然違ってて、絹製品や一部の種類の宝石、茶葉なんかはディクソン商会のほうが強いのよ。パパもここのシルクを愛用しているし。帰ってきたら誕生日もあるからプレゼントを用意したくって。ハーヴィーに頼んだらパパに筒抜けじゃない。それに、こんな風に街に出られる事なんてほとんどないし」


「寄っていい?」


 熱心な説得にリアムが護衛に尋ねると、護衛は難しい顔をした。


「キュステ公と取引があり、王室御用達の称号を持っている商会ではありますが、殿下がいきなり寄るのはあまりよろしくないかと存じます。改めて王宮に招かれては?」


「お願い。どうしても行きたいの。リアムが行くのが良くないなら、私一人で行ってくるならどう? リアムは護衛と馬車で待ってて。もう店の前だし、私は継承権のない王女よ。攫われるなんてことはないわ。リアムより腕も立つし」


「彼女はフィリーベルグ公爵に武術を習っている。僕より強いのは本当」


「殿下より強いのは武術をかじったほとんどの人間がそうなので参考になりませんが、そうですね。ならば、十五分だけ許可を出します。なるべく早くお戻りください。身分を明かし、それを伝えて、買い物を優先させてもらってでも、早くお戻りください」


 さらりと失礼な言い方をされたが、事実ではあるし、レジーナがついぞ見たことのない嬉しそうな顔をしているのでリアムは良しとすることにした。


「なるべく早く帰ってくるんだよ。遅いようなら護衛と見にいくから」


「はい」


 踊るような足取りで、レジーナは馬車のドアを開け、少しの時間でも惜しいと言いたげに店に駆け込んだ。


※ ※ ※

 ディクソン商会の本店は、東方風の雷紋紋様を装飾した家具や陶器が飾られていて、オクシデンス商会の統治領風の内装とずいぶん趣が違っている。

 店番をしていた店員が恭しく礼をとってレジーナに話しかけて突然口調を変えた。


「いらっしゃいませ。本日はどのような商品を……げっ、お前はリアムの妹じゃないか?」


「おぶつ……えーと、ソフィアの元婚約者でパパの偽物の」


「テオドールだ! 失礼だな。顔は可愛いのに」


「だって仕方ないでじゃない。ソフィアが言ってた印象が強くて、名前、ぱっと思い出せなかったんだもの。失礼なのはどっちよ! 人の顔を見るなりゲッてどういう事? あと美醜を口にするのは品位にかけるし、それにリアムの妹ってなに? 私にもレジーナって名前があります!」


「別にお前に対してそう言ったわけじゃない。ただ知り合いに会いたくなかっただけだ。ノイメルシュじゃなくてキュステなら誰にも会わないと思ったのに。それと可愛いものを可愛いっていうのの何がいけないんだよ」


 そうテオドールは言ってエリアスによく似た顔の鼻の上に皺を寄せた。

 なぜ会いたくなかったのだろうと考え、首を傾げてレジーナは尋ねた。


「ここで働いているのを知られたくなくて?」


「……そうだよ! 学園の入試のおかげでなんとか赤狼団の雑用から解放されて首都に戻ってきたんだ。だが父上にディクソン商会にも迷惑をかけた詫びと社会勉強を兼ねて、身分を隠して平民と同じように学校に間に合うギリギリまで商会で働くように命じられた」


 耳まで朱に染め、恥ずかしげにそれを肯定するテオドールをさらによく見てみれば、夜会の時のよりも肩幅が少しいかつくなり、顔の肉が落ちて精悍な容貌になっている。

 赤狼団で相当しごかれたのだろう。赤狼団、と口に出すだけで口許が引き攣って瞬きが増えたから良い思い出がなさそうなのは間違いない。


「そうなんだ。別に恥ずかしがる事じゃないと思うけど? そんなことより私、急いで買い物を済ませて帰らないといけないの。男性用のシルク製品を見せてくれない? パパにプレゼントしたくて」


「貴族がこんなところで働いていても気にしないのか……そうか……贈り物は陛下にか?」


 恥ずかしがることじゃないという言葉に目を見開いたテオドールは安堵したように笑って、レジーナに確認した。その笑顔はアレックスが喜んだ時に浮かべるそれに少し似ている。


「ううん。えーと、リベルタ大公よ。急いでもらえる? 外にリアムを待たせているの。十五分したら護衛と一緒に迎えに来ると思う」


「他の誰に見られるのも嫌だが、特にあいつとソフィアにだけは絶対見られたくない! そこの応接でちょっと待ってろ」


 テオドールはレジーナに応接の椅子を薦めると、二階への階段を駆け上がっていった。

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