リボン

 隣室の応接でほとんど待たされることもなく、白髪混じりの栗色の髪に緑色の瞳のオクシデンス商会のディックによく似た雰囲気の男が、商品の入った箱を捧げ持たせ、従業員と共に入ってきた。その一番後ろにはテオドールもいる。


「大変お待たせいたしました。私、ディクソン商会の商会長をしております、ジョフリー・ディクソンと申します。レジーナ様、本日はお越しいただきありがとうございます。また預かり知らぬこととは言え、エリアス殿下には長い間ご愛顧いただいているにも関わらずきちんとご挨拶も出来ず、大変な失礼を」


「伯父は身分を隠していたのでお気になさらず。オクシデンス商会でも絹製品を扱っていないわけではありませんが、やはりこちらで扱う東方シルクには勝てないと、悔しがっていました」


「ありがたいお言葉です。ところで、今日は大公閣下への贈り物をお求めとか」


 ジョフリーが目配せすると、従業員が手袋やハンカチなどの小物をテーブルに並べ、ハンガーラックに父が愛用しているのと同じ形で織りや染めの違う絹のガウンをかけていく。


「お時間もないようですし、取り急ぎ閣下のお好みの商品を用意させていただきました」


「そうね……。よく着てるしガウンかな……どっちにしようかしら」


 さっと見た時に気になったガウンは、くすんだ空色に撫子などの東方の秋の草花の美しい刺繍を袖や裾に散らしたものと、枯れ草色に型紙染めの孔雀の羽根が一段薄い色で染められたものだ。


「大公なら空色の方が似合うだろう。僕ならこっちを選ぶ」


「テオ!」


 一刻も早く決めさせたいのだろう。テオドールが口を出して、ジョフリーに嗜められた。


「いいのよ。大公と彼の顔の系統は似ているし、私も急いでいるから参考にさせてもらうわ。こっちを急いで包んでもらえる? 伯父を驚かせたいから、売掛ではなく、今、直接お支払いしたいのだけれど、いいかしら?」


「ええ。もちろんでございます。一万ターラになりますが、よろしいですか?」


「細かくていい? 金貨を持ち歩いていなくて」


 そう言ってレジーナは銀貨を十枚トレーに乗せた。


「もちろんでございます。ありがとうございます。今急いでお包みしてまいりますので、今しばらくお待ちください」


 恭しく礼をとって、空色のガウンをワンピースのお仕着せ姿の女性に渡したジョフリーは他の物を片付けるように従業員に命じる。

 滑らかに動き出した生え抜きの従業員と裏腹に、身の置き場がなさそうに視線をあちこちに飛ばしたテオドールが思い切ったようにジョフリーに言った。


「商会長、彼女と話をしたいのですがよろしいですか。それと先程話しましたように贈り物をしたいのですが」


「姫君にお許しいただけるのならば構わない。贈り物も給金の範囲だ。好きにしなさい。ただ、今ここにいる限りはお客様と店員だ。先程の態度はきちんとお詫びをして丁寧に話すように」


 頷いた商会長に頭を下げたテオドールは、レジーナに織り模様の美しい水色の艶やかなシルクのリボンを差し出した。


「失礼な態度を取って申し訳なかった。僕からこれをプレゼントさせて欲しい」


「もらう理由もないし、いらない」


 それは自分の好みを凝縮したような美しいリボンだったが、兄と友人の敵ともいえる人間から理由なく物品を受け取るわけにも行かないだろう。レジーナはそれに首を振った。


「理由ならあるさ。口止め料だ。働いているのをリアムに知られたくないから頼むよ」


「……それなら、まあ」


 するりとした肌触りのそれを受け取って、意匠を改め、レジーナは感嘆の溜め息を漏らした。


「素敵なリボンありがとう。口止め料なら気兼ねなくもらえるわ。模様が繊細ですごく好きよ。ガウンもそうだけど案外センスがいいのね」


 リボンを見つめながら言うと、テオドールは虚をつかれたように目を見開いてはにかんだ。


「案外はよけ……お褒めいただき光栄です。姫君」


 急にもったいぶった物言いで腰を折ったテオドールの横に、リボンが結ばれた箱を持ち、思い切り眉を顰めたジョフリーが立っていた。


「商会員の教育が至らず申し訳ありません」


「気にしないで。私は市井の育ちだからあれぐらいの方が気楽でいいの」


「ご厚情感謝します。こちら、お品物でございます。ご確認ください。馬車までお持ちいたします」


「ここで結構よ。今度は王宮に呼ばせていただくわ。今日は急にごめんなさい」


「いいえ、ご足労ありがとうございます。ご用命があればすぐに参りますので、お気軽にお声がけください」


 テオドールからもらったリボンをレティキュールに入れ、プレゼントの入った薄い箱を小脇に抱えてレジーナは外に出て、ディクソン商会の馬車止まりに停車していた馬車に乗り込んだ。


「何買ったの?」


「パパがよく着てるガウンの違う柄のやつを買ったわ。そういえばリアムはラトゥーチェ・フロレンスにいるディックって覚えてる? 実は彼の実家なんだけど、商会長が彼にすごく似ていて……」


 興味深げに尋ねるリアムにレジーナは答え、ディックの兄弟と思われる人が商会長だった話をする。

 その後、テオドールに会った話もするか悩んだが、リアムに知られたくないと必死だった様子ともらったリボンの事を思い出し、リアムにとっても反応に困る話だろうと判断して、テオドールが商会で働いていた事は伝えなかった。

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