療養という名の謹慎再び
ソフィアが紺青に白い襟と袖のついた家庭教師風のワンピースを着て、サイドから編み込んだ三つ編みをくるりと後ろでまとめた清楚な令嬢姿でリアムの見舞いにやってきた。
「お加減はいかが?」
ベッドの横の椅子に腰掛けると、彼女は心配そうな声音で体調を尋ねてくれる。
聞かれたことは同じだが、はじめて学園の寮にソフィアの訪問を受けた時の儀礼的でおざなりな調子と違い、硬質な中にもどこか柔らかさがあった。
不意に目についたまとめ髪の後毛に、落ち着いたはずの心臓が甘く跳ね上がる。
リアムは気がつかれないようにソフィアから視線をそらしながら、枕を重ねたヘッドボードに身を起こして、胸の下で指を組んだ。
「もう大丈夫。しっかり療養するように言われて、まだベッドから出られないけど」
「その謹慎は自業自得ですわね」
「名目は療養……だよ」
わかっていても自分からは言いづらくて口を尖らせるとそこに低い男の声が響いた。
「当然、療養という名の謹慎だ」
「あら、ライモンド先生。お仕事はよろしいの?」
いいタイミングで、軽いノックと共に部屋に入ってきたライモンドにソフィアが驚きの表情を見せる。
「保護者達が、リアムの様子を見に行ってついでに薬を飲ませて来いって言うもんだからな」
ライモンドは人数分のお茶を淹れると見舞客用のテーブルに置いて、リアムに木製のカップを差し出した。
「ウゲェ……また最悪の味わいを更新してるんだけども……」
一口それを飲んで、リアムは呻いた。
「宰相閣下のご指定だそうですよ。効果重視で作れ、味は問わない。むしろ不味ければ不味い方が反省して二度とこのような馬鹿な真似をしないだろうと。薬師は皆、嬉々として調剤してますね。普段は味も少しは考慮して作ってるそうで。どんなに効き目が良くても飲めなかったら意味がないですから」
「うぇえええ……。ほんとにやっばい。錆だらけの金属と一緒に煮詰めた雑草にフレッシュな汚水を加えたみたいな味がする。僕の記憶の中でもっとも先鋭的な味だと伝えておいて。いつも飲んでた胃薬が恋しい……あれは美味しかったとも」
そうぼやきながらも、リアムはなんとか体調を整える薬を飲み干した。
媚薬が抜けた後、ベアトリクスとヴィルヘルム、レオンハルトにエリアスが代わるがわるやってきて、当然、全員にしっかりと叱られた。
媚薬を盛られた時この部屋に自分を抱えて連れてきてくれた父には言葉少なに、母にははじめて赤狼団流にごつんとやられ、エリアスには理詰めでねっちりと叱られた。
そしてずっと冷淡な印象しかなかったレオンハルトは肩を震わせて泣いていた。
ずっと没交渉だったレオンハルトだが、自分を気にかけてくれていたらしい。
ただ元々複雑な思いを抱えていたところに、幼い頃の自分が彼を拒否した事で交流が絶え、再び交流出来るようになった矢先に、今回の事件が起きた。
苦しむ自分の様を見てリアムの実母でもある妹のことを思い出し胸が潰れるような思いをしたと泣かれて、二度と自分からこんな事をしてはいけないと諭された。
ずっと諦めていた保護者達からの愛情と関心がリアムの今まで乾いていた心を満たして、愚かなことをしたとはっきり自覚を持てた。
皆に心配をかけた事を反省して、リアムはこの不味い薬を飲む事も寝台から出ない事も受け入れていた。
「ライ。水を」
「どうぞ」
「あっ……ありがとう……」
ライモンドに頼んだのだが、ソフィアが水の入ったグラスを渡してくれる。
リアムは内心の動揺を隠しながらそれを受け取り、一気に飲み干した。
「まだ、本調子ではなさそうですわね。顔も赤いですし」
「いや! ぜんっぜん、本当に大丈夫だから!」
ソフィアの心配にリアムはことさら大きな声で体調不良を否定して、ぐふっ、とその横で変な声を出したライモンドを睨みつけた。
「にしても、呆れましたわ。あんな取るに足りないゴミ虫女を陥れるのに自ら蟻地獄の中心に突っ込んでいくなんて馬鹿ですの?」
「おっしゃる通りです……」
顔が赤い理由に触れず、話を変えてくれたのはありがたい。今日も見舞いを断ろうと思ったが彼女の預かり知らぬ理由で何度も断れないから、ソフィアに会うことにしたのだ。
「まあ、あの時醒めた顔でゴミクズ二人に銃をぶっ放した貴方のその性格からすれば納得が出来ないこともないですし、貴方に薬物を盛ったあの女にはふさわしい罰が与えられたそうです。あなたにとって望んだ結果なんでしょうけど、軽々しく危険に突っ込む立場ではないでしょう」
「冷静になった今は反省している。何かをかけないと得られない物はあるし、あの時はあの気持ち悪い化け物を完全に排除出来るなら悪くないかなって思っちゃって……」
「自分の命を安く見積り過ぎです。王になったあかつきにはその首で国一国、全ての国民の命を贖えます。有事に備えて温存しておくべきじゃありませんこと? まあ、今回狙われたのは命じゃなくて子種だったと聞きましたけれど。あの女がどんな手を使っても元の鞘に戻ろうとする可能性は考えませんでしたの? 命を狙うよりありそうでしょ」
「は?! 誰が漏らしたんだ!! ソフィアには秘密にして欲しいっていったのに!!」
「父からです」
「そこからか!」
思わぬ伏兵にリアムは頭を抱えて肩を落とした。
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