虚飾の謝罪

「リアム……」


 少女はひどい有様だったが、リアムの心は動かなかった。ただ義務的に二人いる護衛のうちの年嵩の方に話しかける。


「シュナイダー。僕はギーレンと部屋に戻るから、彼女を手当てして部屋に送り届けてくれる? それでヴォラシア公爵家に監視の目を離すな、迷惑だと伝えてほしい」


「ま、待って……お願い、話を聞いて。謝罪させて。このまま部屋に戻ったら殺されちゃう……」


「ヴォラシア公爵の妹君、君の母上にそう言われて送り込まれたの?」


「違うわ。あの人は知らない。ぶたれるから逃げて来たの。でも今回はなんでぶたれたのか少し分かって、それでたまらなくなって謝りに来たの。怖い人達に囲まれて、動揺してしまって、査問会ではひどい態度をとってしまったと思ってる。落ち着いて二人きりで話し合って、ちゃんとおわびをしたいの」


 エミーリエは小型犬のように震えながら、手を体の前で組み合わせてリアムを涙のたまった大きな瞳で見上げてくる。

 先程までは全く疲労感を覚えていなかったのに一日の疲れが一気に肩に乗ってきた。

 リアムはうんざりと頭を掻いて、整えられた髪を崩す。


「一番近い応接……青の間かな。そこで彼女と少し話をする。部屋を整えるように侍従に頼んで、ついでに傷の手当ての道具を持ってきて。誰であれこんな姿の女性を放っておくわけにもいかない。それに、僕も彼女と直接話して気持ちの整理をつけたいから」


「先程査問会で裁いた相手と二人きりになるなど、殿下の安全のために認められません」


 護衛のシュナイダーに硬い声で返される。彼らからすれば当然だろう。

 リアムは護衛の二人を引っ張って、エミーリエに会話を聞かれないようにすると、彼ら護衛に理解を示すように頷いた。


「君達の立場も分かっている。責任は僕が取るから話をさせて。ここでしっかりと縁を切りたいんだ。そうだ。シュナイダー、大至急陛下にこのことを伝えて、何があっても対処できるように何人か連れて来てくれる?」


「……仕方がありません。殿下のよろしいように。武器を携帯していないか確認してから案内するとご令嬢にお話いただけますか」


「ああ、それぐらいは飲んでもらうよ。そうだ、それと何か冷たくて甘い飲み物を持ってくるように侍従に伝えて。疲れて頭も回るか心配だし、喉も渇いてしまった」


「承知しました。くれぐれもお気をつけて」


 シュナイダーの言葉に仕草で返事を返し、リアムはエミーリエに武器を持っていないか体を触って確認すると告げた。

素直にエミーリエはそれを承諾し、問題も見つからずにボディチェックが終了するとシュナイダーが本宮へ向かって歩いて行く。

 それを目で追い、彼が見えなくなるとリアムはエミーリエをエスコートせずに歩きはじめた。

 東の宮殿の中程にある青の間はこじんまりた応接室だが、白い漆喰の天井から青灰色のガラスで出来たシャンデリアが垂れ下がり、レグルス神聖皇国から贈られた青地に花を模した白の幾何学模様の描かれた美しい壁紙が張ってあり、それに合わせてカーペットや調度も整えてある、ノイメルシュ宮殿の中では比較的華美な部屋だ。


「あ、あのね……リアム……ごめんなさい!」


 ギーレンがエミーリエの最低限の手当てを終わらせて、2人で相対した途端始まった、ふわっとした軽い口調の詫びに、心底どうでも良いと思っていたはずなのに、腹の底から苛立ちが湧き上がる。


「何に対して?」


 瞬間少女の唇から嗚咽が漏れて、その瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


「テオドールに言われるがまま、あなたの事をずっと傷つけていた……まさかテオドールがあなたの事を新大陸に売ろうとするなんて本当に、ごめんなさい」


「ああそう。今度はすべてテオドールのせいか。これで君の気持ちは充分分かったからもう結構だ。国のためにキュステ公とついでにヴォラシア公の顔を立てて今回の件を許している。君自身からの謝罪を受け入れる気はないけれど、関わらないでくれたらそれでいいよ。これからは僕から見えるところに近寄らないようにしてもらって良い? 学年が上がったら関わらないで済むし」


 泣かれてもまったく心に響かない。

 リアムはその気持ちのまま、冷淡にとりつく島も見せないように言い切った。


「つめたいわ。長い間婚約者だったのに、あんなふうに父親の権力を使って、一方的に婚約破棄されて、なけなしの地位まで奪われても、私は貴方を責めていないのに」


「え?? それ本気で言ってる? あの処分は公爵達に忖度した温情で相当甘い処置なんだけれど」


 エミーリエは大げさに嗚咽を漏らした。

 話をするだけで、疲れるしうんざりする。

 査問会でつく決着は気持ちではなくて、公から見た立場や関係性の清算だ。

 あの場では公に彼らの不貞を明示し、駆け落ちや不貞の濡れ衣をなすりつけられた自分とソフィアに瑕疵がない事を証明することを優先させ、それは十全になった。

 それだけでは割り切れない、元婚約者に対する目立つところに張り付いた油汚れのような気持ちに決着をつけるためにこの話し合いは必要だと思ったのだが、早くもリアムは数分前の自分の判断に後悔を抱いていた。


「テオに迫られれば、女の力では拒否することなんて出来ないわ……。貴方と離れてみて分かったの。私が本当に好きなのは貴方だけだって」


「テオドールと愛し合っている。愛を交わしたいのはテオとだと言ってたよね。君の愛は中身がなくて軽々しい。心の底から軽蔑する」


「そんな! 貴方の記憶違いよ! 私は貴方だけが好きなの!」


 本人が認めなければ、話が進まない。

 いらいらと睨み合ったところで、侍従がコーディアルを持って隙間の開いたドアをノックした。

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