パンイチ騎士団百人組手(リアム視点)

 エミーリエの恨めしげな啜り泣きなど誰も気にも留めない。

 宰相は査問会の短い休憩を告げ、休憩明けに賠償に伴う領地の分割に話を移す事を予告して、テオドールとエミーリエに退出を促した。

 テオドールは彼の母ペトロネラに抱きしめられ、付き添われてとぼとぼとその場を後にし、エミーリエは憤怒の形相の母親に腕を掴まれて外に出ていった。

 残された公爵達は、小さく肩を縮めて微動だにしないキュステ公爵と苦々しげに身体を椅子に預けて腕で顔を覆ったヴォラシア公爵の二人をのぞいて、それぞれ身体を伸ばし、首を回し、あるいは侍従を呼んで飲み物を持って来させたりと動き始め、場の空気が緩んだ。

 そこで、リアムとソフィアはヴィルヘルムに声をかけられた。


「もう夜も遅い、我々は今日中に全て片をつけてしまうから、お前たちも部屋に戻りなさい。慣れぬ夜会や査問会で疲れただろう」


「父上、いいんですか?」


 リアムが問うと、ベルニカ公爵がそこに口を挟んできた。


「お前らが立ち会う必要はない。あとは大人が法律書と婚約の際の覚書と地図と貴族名鑑を首っ引きしながら領地のやり取りをしたり、爵位を書き換えたりする、もっとつまらないやり取りしか残っていないからな。あの二人も母親に連れていかれたし、子供はさっさと部屋に帰って寝てしまえ。あーあ、戦場で人を斬り殺している方がずっと気楽だ。殺すより生かす方がめんどくさい。ヴィル、少し体でも動かさんか?」


「さすがに今ここではベアーテの目がな……明日、いや、明後日ならば一戦ぐらい付き合えると思うが、俺もすっかりなまっている。ケインやライモンドと手合わせした方が面白かろう」


「赤狼とベネディクトの孫とじゃ、じゃれ合いじゃすまん。本気になっちまう。しかしあのゲボカス共にはぜんっぜんこれっぽっちも同情なんぞせんが、赤狼団の雑用にはこれぐらいだけ同情してやらなくもないな」


 楽しげに親指と人差し指をつけて捻って小さなハートを作ったベルニカ公爵がそう言って、リアムとソフィアは首を傾げた。


あいつら赤狼団、うちよりマシなのはメシだけだぞ。一度爵位を捨てたら強さばかり追い求めるようになったトンデモ脳筋集団だ。訓練はキツいし、女もキツいし、よそ者にキツい」


「ついでに言えば神殿の方は一族郎党、一度破門されてからこれ幸いと打ち捨てていた。破門が解かれてもいまだに信仰心が薄くてろくに寄付も集まらない。そこでの奉仕活動はまあまあ大変だろう。これはライモンドと、ソフィアそなたの希望を汲んだものだ」


 ヴィルヘルムにそう言われて、ソフィアが一瞬考え込んだ末に手を打った。


「希望? あ! もしかしてパンイチ騎士団百人組手! そういえば神殿騎士団の開拓村でそれっぽい話をしていましたわ! ライモンド先生が覚えていたのも、それを報告していたのも驚きです」


「さすがにそれをそのまま通すわけにはいかないから、雑用につかわす事にした。ベルニカでも良かったがサムはあれらを殺しかねないし、国境を越えて他国に逃げ込まれたり、調略されてもよろしくない」


「おい、ヴィル! さすが親友、とんでもない信頼感だな! 俺だって渋々とはいえ更生を誓ったバカガキ二人に大人気なくそんな事はせんよ……多分。うん、まあ、剣の先っちょぐらいはうっかり刺さっちまうかもしれんが」


「お父様のそれは軽く致命傷ですわね。日常使いは大剣ですから、峰打ちでたまにうっかり首の骨も逝きますし」


「サム、令嬢、悪趣味な冗談は声を落とせ。さ、部屋に戻りなさい」


 本心からだというソフィアの言葉にちらりと大叔父を見やった後、リアムはエスコートの手を差し出した。


「誰か二人に護衛を」


「俺が行きますよ」


 ヴィルヘルムの命令に、いかにも会議にうんざりとしていますといった様子のライモンドが顔を輝かせて寄って来たが、それをケインが止めた。


「ライモンド、お前は参加だ。記録を取ってお前の母親にしっかりと報告しろ」


「えぇ……めんどくさ……ケインさんがやればいいでしょ」


「お前が母親に伝えるのが一番早い」


 ヴィルヘルムもケインと同じ意見だったのか、近衛兵を二人呼んで付けてくれる。


「小僧、ソフィアに不埒な真似をしたり危険な目に合わせるのは許さんからな。しっかりと西宮まで送ってすぐに自分の宮殿に戻れよ」


「もちろんです」


 しっかりとうけあって、リアムはソフィアの手を引いて西宮へと向かい、ソフィアの客室の部屋をノックする。

 侍女達が彼女を迎えに出てきたので、礼節に則った挨拶をしてソフィアを侍女達に引き渡す。

 エスコートの手が離れる寸前、もう一度指を伸ばして指先を刹那触れ合わさせてリアムは笑ってみせた。


「おやすみ。ソフィア、いい夢を」


「今日はあのゴミをギャフンと言わせましたし、スッキリ眠れそうよ。リアム、貴方は納得してる? 物足りなくはない?」


「もちろん。父上の判断は正しい。こうして生きて帰ってこれて、皆に認められた。あいつらが処分されることは、僕個人には何の価値も関心もないし、彼らのことは国にとって一番良いように処分してもらうのが良いと思ってる」


「ならば良いわ。最近の貴方は、正統な跡取りたらんと、ほんの少し肩に力が入っているように見えましたの。おやすみなさい、リアム。貴方も良い夢を」


「ありがとう。君とライがどう復讐するかって話していた時、思いつかないって言ったろ。あの時は自分の立場に自信がないからだと思っていたけれど、ちゃんと立つ場所が出来ても気持ちはあんまり変わらなかった」


 ソフィアの大げさでない気遣いが嬉しい。

 リアムは暖かい気持ちを抱えて東宮への道を歩いていた。

 まるで幽鬼のように髪と化粧を崩して、腫れた頬にさらにみみず腫れを作ったエミーリエがすすり泣きながらリアムの前に立ち塞がるまでは。

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