査問5 大逆

「証言はあれど、お前が彼等に危害を加えた確実な証拠はない。そもそもリアムの機転とライモンドの働きのおかげで救出が早く危害は与えられなかったとはいえ、令嬢がいる以上、誘拐された事実は公開できないから処分するのが難しい。穏当に罪が問えるのは文書の偽造程度か? 不貞は通常法の範囲では刑罰をつける事が難しい」


 そう言われて肩の荷が降りた気がした。

 それしか罪を問う事が出来ないのならば、なんとか、貴族の喧嘩で済む程度のことだ。


「ところで従兄弟殿。この国の法における大逆罪の規定を知っているか?」


 その気が抜けた瞬間を狙い澄ますかのようにヴィルヘルムが尋ねた。


「……王権を揺るがし、連合王国の融和を乱し、外患を誘致して国内を混乱に導く事、でしょうか」


 テオドールは家庭教師と学園とで習った答えをおずおずと口にした。

 大逆罪はどの国においても最も重い罪の一つであり、一族郎党が焚刑に処される他国ほどではないにしても、メルシア連合王国でも叛逆内容により公開での処刑、場合によっては晒刑が適用される。酌量されても統治領への労役を含む流刑だ。


「具体的にどのような行為が当たると思う?」


「王と王位継承権を持つ人間を殺害すること……。内乱を扇動する事、ですか?」


 話にならないとでも言いたげに首を振ったヴィルヘルムはリアムに視線を投げた。


「リアム」


「基本的には王が大逆と認定し、公爵家のうちの三家が賛同すれば大逆になります。ですが、メルシア旧王国法及び四公旧国法に照らし合わせて既に明文化されて法典に載っているものがあり、それについては公爵の追認を必要せず、王がその条項に当てはまると断じれば適用されます」


「そうだな。先ほど言っていた二つも意味合いとしては明文化した条項に含まれるが、理解が足りなすぎる。リアム、お前は明文化されているもの全て暗記しているな。教えてやりなさい」


「はい。国王と王妃及び、王の直系卑属を弑虐すること。これは実際に手を下す前でも、弑虐するための準備をしたと認められた場合も含まれます。叛逆の兵を上げ国王に刃を向ける事、また叛逆者に援助を与える事。連合王国の各公爵を侮辱、あるいは甘言を弄して、その仲を分断し、争いに発展させる行い。国璽や王族の署名または貨幣の偽造。貨幣については国内で偽造せずとも国外で偽造された貨幣を流通目的で王国に持ちこめば大逆罪が適用されます。外患、すなわちこの国に敵対的な勢力や国と誼を通じてその力を借り自国に損害を与えること。また王妃、婚約関係にない王女、王太子妃と、王の赦しなく姦通・密通すること、また、王妃・王太子妃との不貞の結果産まれた自らの子を、王や王太子の子と偽り、王統に乗せることも大逆にあたります」


 リアムがそれに澱みなく答えた。王族としての見識の差を見せつけるように。

 そしてテオドールとエミーリエの罪をあげつらうかのように。


「さてさて、お前は、それにそこの娘も、今回の件でいくつ明文化された大逆罪に抵触したか分かるか?」


「あ……っあ……」


「え? たいぎゃく罪って?? なんの話?」


 ヴィルヘルムの問いに声も出ない。

 隣のエミーリエのあまりにも分かっていない呑気さが羨ましい。

 このまま断罪されれば、処刑の可能性だって高いのに。

 軽く行った事の罪が想定よりもずっと重くて、恐怖に涙腺が熱を帯びて鼻の奥が熱くなる。

 無意識に身体が震える。

 噛み合わせが自慢の整った歯がカチカチと小さく音を立てる。

 テオドールは涙と鼻水を垂らしながら、自身を抱きしめておもねるように王を見上げた。


「証拠がなかったとて、リアムの署名を偽造した事、王太子妃となる予定の婚約者と密通したこと、ベルニカ令嬢を公然と侮辱しベルニカ公爵家と王家の関係に亀裂をもたらした事、自分との子供を王統に乗せようとしたこと、問おうと思えばそれだけで大逆に問うことも出来ると理解できたか?」


 テオドールは恥も外聞もなく、椅子から跳ね降りて硬いモザイクタイルの床に膝をつけると、額をこすりつけた。


「お! お許しください! 大逆などという大それた意図はなかったのです!! 」


「赦しを乞うのは私にではないだろう?」


 ヴィルヘルムに突き放されて、テオドールはリアムとソフィアに向き直って謝罪する。


「リアム! ソフィア! すまなかった! そんなつもりはなかった……! 許してくれ! エミーリエ! お前も謝るんだ!」


「え? ごめんなさい? でも、何がいけなかったの? 罪って? テオと私、秘密の恋をしていただけよ。私、リアムの事だって今もとっても愛しているし、なにもしていないわ? 大逆罪ってどういうこと?」


「は? あなた方の謝罪ごとき価値のないもので、私が赦すとでも? エミーリエさんは、まだ全然ご理解できていないようですし」


「ああ! もう! そんな女どうでもいい! 僕とは関係ない! リアム! ごめんなさい! 僕が悪かった! 頼む! 許して……ゆるして、ください……。ほ、ほら! この厄物女と縁が切れて良かったじゃないか?!」


 ここで赦されなければ、死刑か流刑だ。リアムの善良さに賭けるしかない。


「ねえ……テオ、君に売られて檻に閉じ込められて食事は虫の湧いた堅パン一枚、命の危険もあった。普通の飴一粒が美味しく感じるような状況だった」


「ごめん、なさい……」


「でも、それは物理的にはとても辛かったけれど、その時に今まで君たちに蔑まれ続けた生活とそこまで辛さが変わらないと気がついた。むしろずっと気が楽に思えた。それほど君達と過ごす毎日は辛かった」


「ごめんなさい。……ごめん、なさい」


 赦されないかもしれない、という恐怖で血の気が下がる。

 床に這いつくばり床に涙と鼻水の跡をつけながら何度も何度も繰り返して謝って、リアムの赦しを請うた。

 たまにリアムの表情を伺うが、その表情は多少揺れていても硬く、赦しの言葉を口に乗せようとはしなかった。

 万事窮すかと思われたところで、人影がテオドールの上に覆い被さった。

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