査問6 父母の愛

 二人分の影の一つがテオドールの横に両膝をつき、もう一つが震える自分を抱きしめる。


「リアム殿下、ベルニカ公爵令嬢。心からお詫びします。この子が許されないことをしたのはわかっています。ですが、私達の宝なのです。命だけはお助けください」


「国王陛下、リアム殿下、ベルニカ公爵令嬢、ベルニカ公爵。申し訳なかった。うちの愚息が大変な事をしでかした。許せない事だとは思う。子供の罪は親の罪だ。私からも謝罪させてほしい」


 静かに泣きながら、母はリアムとソフィアに命乞いをしてくれた。

 横を見れば先程の比ではないほど小さく老け込んだ父が、両膝をつき、額を床につけてソフィアとリアムに額付いている。


「大叔父上! やめてください!」


「全財産も爵位も、必要ならば、全て賠償として支払おう。大逆罪で死刑とするならば、息子テオドールの代わりに私を生きたまま馬で引いてもらっても、処刑後四つ裂きにして晒してもらっても構わない。だからこの子の命は助けてほしい。私にはこの子しか残されていない……。この子さえ生きてくれればいい」


 自分の謝罪は意にも返さなかったベルニカ公爵が、珍しく困惑を滲ませて父の肩を抱いて、立つように促した。


「キュステ公! やめてくれ! 貴方に膝を折られ頭を下げられ、そこまで言われてしまえば、赦すように言うしかなくなってしまうではないか!」


「最愛の我が子の為ならいくらでも頭を下げるよ。どんなに愚かでも、この命や財を全て失っても構わない。それ程大切な息子なんだ。私が貴方達の要求に従えるだけ従おう。だからもう一度この子にチャンスをやってくれないか?」


「お願いします……どうか……」


「父上……母上……」


 それ以上は言葉にならなかった。嗚咽を漏らしながらテオドールは父親の横で再び同じように頭を下げた。


「リアム、ソフィア、本当にすまなかった。自分が恥ずかしい……。許される事ではないと分かっている……」


「当たり前よっ!!!! 悔いて恥じろ! このアホンダラ!!」


 不意に母の横から伸びてきた手に胸倉を掴まれて、頬に固く握った拳がめり込んで、テオドールは衝撃と共に床に転がった。


「え……? そ、フィア??」


「甘ったれのクズ野郎! 心の底から悔いて詫びるのは当然。狭い檻の中に閉じ込められて、犯されるかもしれない、いつ殺されるかも分からない恐怖に震えた気持ちなんてわからないでしょうね。汚い床に叩きつけて追い出しても噛み砕くと何かが蠢く堅パンの埃っぽい味も、質の悪い酒混じりの汚水すら出されただけで嬉しくなるような渇きの体験もなく、パパとママにヨチヨチしてもらえて羨ましいこと! 私が誇り高きベルニカ魂を継いでなければ、命を落としたか心を病んでいたわよ」


 腹にソフィアのヒールの靴がめり込むのをテオドールは身を守る事なく受け入れた。

 思ったよりも強い衝撃が走って、戻りそうになる胃液を空咳でなんとか抑え込む。


「え、ソフィアちゃん。していいなら父さん張り切って、ソフィアちゃんよちよちフェスティバルを開催しちゃうが?」


「は? 空気読めないおじさんお父様は黙ってて」


「え……おじ……ごめん……」


 図らずもベルニカ公爵のおかげで出来た時間で、テオドールはもう一度土下座した。


「ごめんなさい。二人とも本当にもうしわけなかった。態度も改める……僕が愚かだった。僕にチャンスをください」


 しばらくの沈黙の後、リアムが大きく大きく息を吐いた。


「正直僕は君の顔も見たくない。厳密に法を適用する事が国として正しいのも分かっている。けれど、同年代の王族は僕とレジーナと君しかいない。大叔父上にここまで頭を下げさせてそれを無下にした上に、君を失えば、将来的に遺恨も残るだろう。この国は大国の脅威に対抗するために小国郡がそれぞれの思惑を越えて、父を中心に公爵を要石にして出来た国だ。赤狼団が公爵位を受けてくれて国の運営が盤石になりそうなタイミングなのに、別の三つが揺らげば国防に懸念も出る。だから僕は一度だけ君を赦すよ。テオドール」


「先程の一撃で少しはすっきりしましたし、メルシア連合王国の調整役としてのキュステ公爵の功はキュステ公爵令息の元婚約者、あ、もう元で構いませんわよね、として存じ上げております。その方にそこまで言わせて無視するほど人でなしではありません。まあわたくしはお人好しのリアムと違って、あなたの事は赦しませんけど、王の裁定に大逆を適用しなくても今回は受け入れます」


 ソフィアとリアムの言葉に、テオドールは声もなく深く深く平伏した。


※各エピソードにご声援、ご感想ありがとうございます。私の返答が先の設定、展開に抵触すると判断した物については、お返事は差し控えさしていただいております。拝見させていただいておりますのでご了承ください。

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