査問4 父の剣に誓って

「証拠……ね。フィリーベルグ公爵、僕が駆け落ちの事を書いた手紙を見ていただけますか」


「許す。手紙をケインに」


「俺に? なぜ?」


 フィリーベルグ公爵が首を傾げたが、テオドールも同じ気持ちだった。なぜ彼に読ませるのか分からない。だが宰相から手紙を渡された公爵は、視線をそれに走らせると納得したように頷いた。


「ああ。なるほど……赤狼団の暗号か。信号文が埋め込まれていて、別の文章が書かれている。読み上げても?」


「許す。読み上げよ」


 王の許可を得て、フィリーベルグ公爵は謁見の間に響く低い声で、朗とそれを読みあげた。


「『ライ、助けて。この手紙は脅されて書いている。花鏡通りテオの部屋でソフィアと捕まった』と書かれている。父の剣に誓って、私、ケイン・シュミットメイヤーが嘘偽りなく証言する」


「赤狼団の暗号なんて赤狼団の奴らにしか真偽を判別できないじゃないか!! 嘘をついて、よってたかって僕をはめようって魂胆だろう!」


「俺は、父の剣に誓うと言ったぞ! 貴様はそれを愚弄し否定するのか!」


「そ、そんな……つもりじゃ……けれど……暗号なんて信じられない……」


 公爵の一喝はただひたすらに恐ろしかった。テオドールは身を縮めて頭を抱えたが、それを認めて撤回することも出来ず、言い訳がましく口の中で反論した。


「君には分からないかもしれないが、彼にとっても、我々にとっても父親の剣にかけるという誓いは、とても重いんだ。彼の父は王族を護って命を落とした。その無私の忠信を担保に、発言が真実だと保証するという意味だから」

 

 エリアスが諭すように言ってくる。

 もちろん、そこまで言われなくてもその誓いが重いことは理解できている。

 が、だからとて、手紙に二重の内容が書かれていたと認めることは出来なかった。

 無言で首を振ると、ライモンドが手を挙げた。


「この手紙を俺、いえ、私は、他ならぬテオドール殿下本人から受け取りました。書かれた暗号のおかげで、すぐに二人を救出に向かえたのです。もし暗号が入っていなければ手紙を受け取ってから、たったの十日でハンバーまで到着することなどできなかった。私はハンバー港の閉鎖を命じ、港で怪しい動きを見せていた船に侵入してリアム殿下とベルニカ公爵令嬢に不測の事態が起きる前に彼らを保護できました。ただタイミング悪く、港の閉鎖が完成する前に我々を乗せたまま船が出航してしまったため、私達は三人でリベルタへと向かう選択をせざるえませんでした」


 脳みそまで筋肉で出来ていそうなこの男が、リアムが駆け落ちをしたと告げた時の態度はすべて演技で、あの時点で全てを見通し、自分が全てを隠滅する前にすでに動いていたというのか。

 あの時に騙しおおせたと見せかけていただけだったのか。

 呆然とするテオドールを意に介することもなくライモンドは続けた。


「さておき本題ですが、私は船へ乗り込む前に王に宛てて手紙、報告書ですね、を書いています。そこにリアム殿下とテオドール殿下達とのトラブル、誘拐の実行犯、リアム殿下の推測される現状など委細を書いて、王に王子誘拐の実行犯の捕縛を願いました。私は殿下達の保護を優先せざる得ず、そのまま放置してしまったんですよ。王宛の書簡は全てに番号が振られ、あわせて到着の日付を記載されます。その手紙の内容とフィリーベルグ公爵が今読んだ内容を付け合わせればリアム殿下が手紙に暗号を残した旨もはっきりと証明できるでしょう」


「少なくとも、僕が書いた手紙は自ら望んで王位の継承権の放棄と駆け落ちをしたという証拠にならない事が証明できたと思います」


「みとめ……られない」


 認めなければいいのだ。そう、頑なに首を振るとヴィルヘルムが小さく息を吐いて足を組み、低く告げる。


「手紙はリアム本人の書いたものだと述べたが、部屋から出てきた賃貸契約書は偽造であることが判明している。また、契約書こそ遺失していたものの、部屋もテオドールとエミーリエ、お前達二人が使っていたとすでに調べがついている。お前が自身で罪を認める機会を設けたつもりだったが時間の無駄だったな。テオドール、リアムの言葉が正しいと正直に認めよ」

 

 周囲からの圧に震えが止まらず、普段ならさほど汗などかかない爽やかな夏の夜なのに、じっとりと掌や腋の下が濡れているのを感じる。

 誰かに助けて欲しいのに、誰も助けてくれない。


「あっ……ぐっ……みと、め……ます」


 空気の足りない魚のように口を動かした後に、テオドールがそれを認めて、膝を握り締めて深く頭を垂れると、宰相が淡々と話を先に進めた。


「実行犯についてはライモンドからの連絡を受けて捕縛に向かいましたが、一足遅く彼等の溜まり場ごと焼失しており、死亡が確認されました」


 リアムとライモンドにしてやられて、手紙の件は認めざるえなかったが、実行犯は始末出来たのだ。自分と彼らを繋ぐ線はすでに証拠などなく、証明できない。

 まだ、負けていない。折れそうになる心を奮い立たせて伏せた顔をあげると、ヴィルヘルムが思わせぶりに口を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る