査問2 恥じることなど何もなく

「さて、次はテオドール・トレヴィラスとソフィア・ベルグラードの婚約破棄を巡る一連の揉め事についてだ。昨年度の王立学園卒業パーティーの場において、テオドールはソフィアに対し衆人環視のなか、性悪女、薄汚い血と、彼女のみならずベルグラード公爵家の血統を侮辱し婚約破棄を告げた。相違はないな?」


 王の確認にテオドールは不承不承頷き、ソフィアもきっぱりとそれを肯定した。


「……事実です」


「間違いありませんわ」


「彼女にそう告げた原因は、ソフィアの常日頃からの友人に対する差別的な発言への憤りからであった。それに言い返す形でソフィアからテオドールとエミーリエ、リアムに対して暴言があったと会場にいた者達から複数の証言を受けている。ここまでは良いか」


「ある程度、公正な認識だと思います。ただ、わたくしはこの男が、なにをもって差別的と言ってきたのか今でも理解できませんし、暴言とは思っていません。令嬢としては誇れる言葉遣いでないことは認めますが、もしも必要であるのならばここには母上もいませんし、恥じることなくこの場で繰り返してみせます」


「いいぞ! ソフィア! 俺も許す! 我々の父祖を馬鹿にしたこのクズに言ってやれ!」


「ベルニカ公。静粛に。さらに波風を立てるわけにはいかないので、第三者である私から報告します。ベルニカ公の御息女は彼らを雌犬、汚物と詰り、キュステ令息に仲裁に入ったリアム殿下との間の不貞関係を疑われて、野花を選ばないといった発言をしています。ただしリアム殿下とはすでにこの件を不問にする旨を文書にて取り交わしているとのことです」


 宰相のプレトリウスが眼鏡を直しながら書類に目を通して、王に奏上し、ソフィアに尋ねた。


「ベルニカ公爵令嬢、なぜメッサーシュミット嬢の事を雌犬と呼んだのか、理由をお聞かせいただけますか?」


「そんな物、人の婚約者にまとわりついて腰をヘコヘコさせる輩だからです。そんなの犬も同然でしょう? 女だから雌犬。男なら雄犬ですわね。確かその時、小蝿とも言い換えましたけど、そちらの方がよろしかったでしょうか?」


「ヘコ……ソフィア、伯父上に言われたことを忘れないで!」


「じゃあなんと言ったらいいんです」


「まとわりつくだけで良くない?」


「それだけでピンときます?」


 咳払いをした宰相が二人を気難しく注意した。


「殿下、公爵令嬢、私語は慎みなさい」


「「申し訳ありません……」」


「旧メルシア王国では一部地域の出身者を犬と蔑む風潮があることはご存知でしたか?」


「なんですの、それ?」


 きょとん、とした顔で返すソフィアに演技の様子はない。ヴィルヘルムがそれをうけて重々しく告げた。


「テオドールの発言についてはソフィアとベルニカ公爵家への重い侮辱があったとみなし、キュステ公爵家に賠償を命じる。テオドールの発言の根拠であった差別云々については、ベルニカ出身であるソフィアの発言は、旧メルシアおよびヴォラシア諸地域で見られる一部地域の出自を理由としたものではなく、テオドールの主張のような差別的な意図はなかったと判断する。ただし彼女の言葉は世間一般では十分暴言と類するものであるので、瑕疵を認めてキュステ公爵側の賠償から一部減免する」


「裁定、了解いたしました」


 立ち上がったソフィアが王に対して礼をとる。

 テオドールも同時にそうしてから、ベルニカ公爵へと向き直って深く頭を下げた。


「ベルニカ公爵……それに、ご令嬢に私の浅慮な誤解による発言で、ご不快を与えました事、謹んでお詫び申し上げます」


 ベルニカ公爵はその謝罪を受け入れずに、野良猫でも追い払うような仕草だけテオドールにとって宰相プレトリウスに声をかけた。


「さっさと次に話を進めろ。宰相。こいつの口先だけの謝罪など、怒りで腑が焼けるだけだ」

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