査問1 父の手回し

「インテリオ公とルブガンド公には宴の後に時間を取っていただき申し訳ない」


 宰相と王妃と共に入場し、玉座に腰を下ろしたヴィルヘルムが今回の件に関わりの薄い二人の公爵に謝意を示し、宰相が手持ちの資料を見ながら口火を切って査問会が始まった。


「さて、まずは今回の王立学園学生からの、学生会手配の衣類に関する詐欺の訴えを協議していきます。ラスタン商会の会頭もすでに捕縛が叶い、詳しい調査の後、一般の法廷で別途裁くことになっています」


 裁定者である王がゆったりと頷いた。


「ここではキュステ公爵令息とメッサーシュミット令嬢、フェアフェルデ伯爵一家の関わった部分だけを先に裁定する。フェアフェルデをこれへ」


 ルドルフとその両親は手縄こそつけられているものの貴族としての最低限の体面を保った状態で兵士に連れられやって来た。

 憔悴した様子で彼らは宰相に命じられるまま、テオドール達の横の硬い木の椅子に着席する。


「ペーター・フェアフェルデ。未熟な学生相手に暴利での貸付契約を結ばせたと訴えが上がっているが、間違いはないか?」


「テオドール殿下からご紹介いただいたラスタン商会からの提案を受け、15000ターラの服に割賦手数料と殿下にお渡しするための割戻金を加えて一人30000ターラとし、その上で割賦年数によってさらに利息を加えたのは事実です……」


 王からの確認に、紙でも読まされているかのように、ルドルフの父が答え、テオドールは青ざめた。


「割戻なんて、知らない…!! 金も受け取っていない! ただ僕はエミーリエ嬢の強い勧めでラスタン商会を使って、金銭については会計のルドルフに任せただけだ!」


 犯罪の片棒を担いだと思われるか、無能だと思われるかの二択であれば後者を選ぶしかなかった。


「その他、調査に入ったところフェアフェルデは貸金業として、また、貴族としての倫理・規範に反した高利の貸付や押し貸し、貸し剥がし等を行い、不当な利益を得ていたことが分かった。そこでフェアフェルデ伯爵夫妻の持つ全ての領地財産及び爵位を没収とし、被害者への弁済に充てる。また貴族籍を失った後に貸金業およびそれに類する商売を行う事と金融に関する職業に就く事を禁止する」


「ご指摘の件、全てその通りであり、裁定を受け入れます」


ペーターが頭を下げると、ヴィルヘルムはルドルフにも裁定を告げた。


「ルドルフ・フェアフェルデがラスタン商会と共謀し利益を得てその利益を用いて恋人であるエミーリエ・メッサーシュミットに宝飾品とドレスを贈った件については、未成年である事や、親の貴族籍の剥奪により常民となる事を鑑みて、不問とする。だが、両親と同じく金融関係の仕事を生業とする事は認めない。なお三名とも、破った場合は相当の労役が課せられる」


 ルドルフが反論してもおかしくないと覚悟していたが、彼は言葉を発せず、ペーターが家族を代表して礼を述べた。


「温情、感謝いたします」


 だが、そこに異議を唱えたのが、先程まで大人しく座っていたエミーリエだ。

 罪を被ったルドルフと違い彼女にそこを黙っているという良識はないことが、知っていたこととはいえがっかりする。


「彼は私の恋人じゃないし、そんなもの贈られてないわ!」


 ヴォラシア公爵がエミーリエに対してのどす黒い腹の中もあからさまに、吐き捨てた。


「お前は今日、ラスタン商会で仕立てた趣味の悪いドレスを着て、我が家の控え室にその男ルドルフを伴って現れ、彼が去ってから恋人から託されたというドレスを受け取っていただろう? 色味もその男のものだな」


「えっ?! 違う! 違います! これを贈ってくれたのはルドルフじゃありません……! テオのお父様よ! テオのお父様がラスタン商会で作ったドレスがみすぼらしいからと代わりの物を手配してくれたの! それがルドルフと同じ色味だっただけ!」


「君のドレスが見窄らしいからといってドレスや宝飾品を贈る必要がある? 息子の友人で甥孫の婚約者……いや、元婚約者に過ぎないのに。疑いを晴らす必要があるなら、我が家の宝飾品の目録を提出しよう。それは相当金がかかっている物のようだから執事が記録しているだろう」


 わっと声を上げてエミーリエが泣き出した。


「お義母様には嫌われていても、義父様には認めてもらえたと思っていたのに!」


「あなたにお母様などと呼ばれる道理はないわ。穢らわしい。あなたの婚約者はリアムでしょう。婚約を破棄されたからと言って図々しい。たとえテオドールがベルニカ令嬢とご縁が続かなかったとしても貴方との未来など決して認めない」


「認める? 何をだい? 息子の幼馴染ではあるが、君にお父様と呼ばれるいわれはないよ」


 冷淡に返してくれた両親に対して、あくまでも中立的な物言いでヴィルヘルムが問うた。


「静粛に。メッサーシュミット令嬢。それがキュステ公爵からの贈物だと言う証明は出来るか?」


「ドレスを着せてくれたのはキュステ公爵付きの王宮侍女です。ドレスも王宮で仕立てられた物のはずよ!」


「テオドールは学生会でフェアフェルデの息子と親しくしていたから、頼まれたのだろう」


 父が自分を助けるように発言した。 相当上手く話をつけてくれたようだ。

 おそらくエミーリエの言葉を肯定する材料は何も存在しない。そして、ここまで不利な状況でもルドルフからエミーリエに同調する言葉が出てこないのは彼らにもなんとか手を回せたのだろう。


「はい。普段から会計として手伝ってくれている彼のために手配を手伝い、王宮侍女を紹介しました」


「だ、そうだ。今回のラスタン商会の件については、我が息子の至らなさにも原因があるし、学生の責任者として本人も責任を取りたがっていると聞いた。調査費用や、金銭を払ってしまった生徒達についてはキュステ公爵家で弁済する。フェアフェルデから没収した財産については他の事件の被害者に使って欲しい」


 ヴィルヘルムはコンラートの言葉を受けて、エミーリエの言葉を遮った。


「ルドルフ・フェアフェルデとメッサーシュミット令嬢、二人の恋愛関係の真偽は裁定に必要としない。ラスタン商会をメッサーシュミット令嬢が紹介したことについてはすでに確認が取れているからだ。令嬢が意図してラスタン商会を仲介したか否かについては、調査が進んでいないので保留とする」


 ヴィルヘルムが噛み含めるようにエミーリエに話しかけた。


「メッサーシュミット令嬢、現時点でこの件については罪を取らない。だが、もしも意図して学生会に彼らを紹介しラスタン商会から金員を受け取っていた場合は追加で相応の処分が下されると心得よ」


「だいじょうぶです。私、そんなことしていません」


エミーリエの答えに王がこめかみを抑えた。痛みでも逃すように数瞬の間を開けて、王は兵士を呼んだ。


「各種手続きが終わってフェアフェルデ伯領を暫定的に王領とするまで、彼らを牢に戻すように」


 兵士に囲まれて、とぼとぼと謁見の間を出ていくルドルフ達をテオドールは目で追った。

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