歓談

 なんとか令嬢達を捌き切ったリアム達は、立食コーナーへと足を向けた。

 そこでもあっという間に貴族達に捕まったが、エリアスとレジーナに任せて学生達が固まる一角までリアムはライモンドと足を伸ばす。

 立食コーナーの下手しもてで大多数の生徒達が歓談しながら、食事を楽しんでいた。夜会服を着ている一部の生徒達はダンスに行っているようだが、さすがに大人達が踊っている中、制服姿で踊るのは躊躇われるらしい。


「楽しめてる?」


 声をかけると歓声が上がって、リアムは制服の生徒達に囲まれた。


「はい! 殿下のおかげです!」


「リアム殿下! 立太子おめでとうございます!」


「服の件、ありがとうございました!」


「リアム殿下がいなくなってから、殿下が我々受験組にお心を割いてくださっていたと知りました。お詫び申し上げます」


「学園にはいつ復帰されるのですか? 私達会長の復帰をお待ちしています!」


 先程の祝いの言葉も嬉しかったが、こうやって顔を合わせて衒いもなく口々に祝いや礼、謝罪に期待を述べられれば嬉しくないはずがない。

 学園生活で彼らとの関わりはそう多くなかった。

 ただ思い返せば、受験で学園に入った彼らに侮蔑された事はなく、ただ遠巻きにされていた。おそらく彼らも庶子の王子にどう対応すれば良いのか分からなかったのだろう。

 テオドール達の悪意に怯えて、自分は頑なに閉じこもって来てしまったのだなとリアムは学園生活を振り返った。


「ありがとう。皆の気持ちが嬉しいよ」


「殿下、食事はされましたか? 良かったら召し上がってください」


 先程やり取りをしたリッツがキッシュと食べやすい大きさにカットされたシュニッツェルの乗った皿を持ってリアムの元にやってくる。


「ありがとう」


 先程話していたから持ってきてくれたのだろう。その気持ちが嬉しい。

 と、ひょいとその皿をライモンドが攫っていく。


「ライモンド?」


「申し訳ないが、殿下の食べ物は毒味係以外から受け取れないんだ。つーわけで、これは俺がありがたくいただこう」


 公爵令息になったとは思えぬ雑な動きで、手袋を外して手づかみでキッシュをぱくついてシュニッツェルも頬張るライモンドに忍び笑いが起きる。

 ライモンドの横槍に空気が悪くなるのではと不安だったが、彼の道化めいた動きによってそんな様子もなくてリアムはホッとした。


「ライモンド先生が公爵令息って聞いて、変わってしまうかと思ったんですけど、いつも通りで安心しました。先生は学校に復帰しないんですか?」


 リッツの問いに、シュニッツェルをつまんだ手をハンカチで拭いて手袋をはめなおしたライモンドが答えた。


「殿下と一緒に復帰して、殿下が卒業するまではいる予定だ。卒業したら公爵領を継ぐまでは殿下の補佐に入る予定だからそこで退職だな」


「え、そうなの?!」


「いやいや、なんでお前が驚くんだよ。リアム……殿下」


 リアムと呼び捨てにしかけたライモンドが慌てて殿下と付ける。立場が変わってもライモンドはライモンドで安心する。


「てっきりフィリーベルグ公爵領に帰るんだと思ってた」


 こそこそと言うと、ライモンドが肩をすくめてリアムに耳打ちした。


「フィリーベルグは爺様がまだ現役だからしばらくやる事がないんだ。本当なら爺様か親父を公爵につけるつもりだったんだが、ケインさんがいるのにおかしい、それに王には二度と膝を折らないってあの頑固頭どもに突っぱねられてな……。つーわけで、実質は今まで通りでケインさんも俺も名ばかりだ。そのせいでさして年も変わらないのにケインさんがお父様だよ」


 どうやら紆余曲折があったらしい。その辺りの話は関わらなかったから知らなかった。


「あの! 先生……公爵令息は婚約者はいらっしゃいましたっけ?」


 二人の会話が途切れるのを待っていたかのように女生徒の一人がライモンドに訊ねた。

 ライモンドも婚活市場に現れた大型新星なのは間違いないから、こうやって声をかけられてもおかしくない。


「レジーナ殿下と踊ってらっしゃったけど、もしかして」


「いくつ離れてると思ってるんだ。王妃殿下の親戚だから姫君の害虫避けだよ。俺の方も婚約者は検討中だが、お前らは若すぎるな」


 えー、残念! 気が変わったら教えてくださいとキャッキャと女生徒達に言われて、ライモンドが苦笑する。自分は庶子としてだが、ライモンドも今まで野蛮な傭兵団の跡取り、かっこつけだが所詮は粗野な剣術師範ぐらいの扱われ方だったから思うところもあるのだろう。

 ライモンドも自分も肩書きが変わっただけで自身が変わったわけでもないのに、と贅沢だと分かりつつも言いしれぬ空虚を覚える。

 と、その時、特徴的な軍装ドレスがバルコニーに向かったのが目に入った。


「ライモンド。バルコニーに行きたいんだけど」


「ああ、ソフィア嬢か。バルコニーの入口まで付き合います。少しお疲れのようですし、殿下も夜風に当たって休息を取られるのもいいでしょう」


 先ほど崩れた口調を戻してライモンドはジョヴァンニに声をかけ、バルコニーに移動する旨を言付ける。お互い見つけられない事はないがいつの間にか消えるのは違うとの配慮だろう。


「承りました」


 そつなく頭を下げるジョヴァンニにリアムは声をかけた。


「ジョヴァンニ、ありがとう。今日の成功は君が手伝ってくれたおかげだよ」


 虚をつかれたかのように細い目を見開いたジョヴァンニは照れた顔で笑った。


「礼はいいですから、早く学生会に復帰してください。バカどもがこねくり回して投げ出した面倒事が山積みですから」

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