通告(テオドール視点)

「伯父上」


「やあ。ずいぶん二人で盛り上がっているから、仲間に入れてもらおうと思って」


「はじめまして。リベルタ大公。私はキュステ公爵令息、テオドールと申します」


 内心の苛立ちを押し殺して年長者に対する礼を取ると男は優雅に微笑み、周囲から嬌声が上がる。


「エリアスだ。はじめて君の口から自己紹介が聞けたね。君は今回のパーティーの支度について一家言あるようだけれど聞かせてもらえるかな」


 思ったよりも気さくな態度でエリアスに問われて、テオドールは記憶とその科白に引っかかりを覚えながらも訴えた。

 今はその違和感よりも自分の主張を受け入れさせる方が重要だ。


「今回の学園での責任者は私です。なのに全体の実務を取ったからとリアムが私を無視するような事を言い出すから……」


 爪先が苛立たしく踊りそうになるのをテオドールはなんとか止めた。


「なるほどね。斬新な解釈でリアムと意見が合いそうにない事は分かったよ。だが二人とも盛り上がりすぎて皆の注目の的だ。パーティーは無事開催されて皆楽しんでいる、それで良いじゃないか」


 言われて周囲を見るが、自分達の口論ではなくどう考えてもこの男に注目が集まっているだけだ。

 その視線は今まで自分が集めていた視線だったから自分から外れたことは嫌でも理解できる。

 注目の的のカリスマは、はしゃいだ周囲とは明らかに違う、重い空気をまとった制服姿の生徒達に安心感を与えるかのように惜しみのない笑顔を振りまいた。


「私も王もラスタン商会の事は把握していて補償を考えている。心労をかけてすまなかったね。総責任者としてお詫びし、誠意ある対応を約束しよう。だから心配せずにパーティーを楽しんでおいで。今日は祝いで特別な料理も用意してある。リアム、おすすめはなんだい?」


「シュニッツェルとキッシュが特に美味しかったです。ダンプリング入りの牛肉のスープも小麦の団子に味が染みていて好きな味でした。後、牛肉のローストはその場で好きな厚さで切り分けてもらえるので楽しいですよ」


「若者らしい選択で羨ましいよ。シュニッツェルなどとてもとても胃がついていかない。さておき、年寄りお勧めのリベルタ風のスープやサラダも食べて欲しいな。サラダは特別新鮮な野菜でないと作れない物だし、両方とも王宮の温室で育てたリベルタ大陸の珍しい野菜を使っている」


 エリアスの損失を補償するという発言によって緊張が解かれた生徒達は、さらに二人の会話に目を輝かせた。

 楽しそうに食事の相談をしながら壇の前から散っていった生徒たちを優しい目で追ったエリアスは一転、憂いを宿した表情でテオドールの肩を叩く。


「学生達の責任者は君だと言っていたね」


「ええ。ですがリアムが全体の責任者だから、僕の成果を自分の物にすると言っていて……」


「王の御前で学生達の騒ぎが起きた。その原因は君が選んだ業者だ。当然、学生達の責任者の君に責任を取ってもらえる、と言うわけだね」


 テオドールの言葉に被せるように言ったエリアスに嵌められたと理解したが、口から出してしまった言葉を取り消すことなど出来ない。


「いや、それは……その……。ただの一学生に出来る範囲というものもありますし」


「王にキュステ公爵令息の意向としてそう伝えよ」


「承りました。殿下。フィリーベルグ公爵ケイン・シュミットメイヤーが違わず奏上致します」


 にべなく言ったエリアスの後ろにいつの間にか影のように控えていたフィリーベルグ公爵が腰を折ってエリアスに礼を取った。


「いや! そんな……!」


「王の御前を騒がせるな。自分が言った言葉だろう?」


 フィリーベルグ公爵の鋭い眼光がテオドールを威圧した。かろうじて立ってはいられたが身体の震えが止まらず、舌も動かない。


「いじめてやるな。ケイン。さて、リアム。レジーナ。我々も社交の時間だ。王族として貴族達の奏上を聞き、動向を探り、国政に繋げるために大切な時間だよ。今回はもっと煩わしい問題に直面するだろうが、躱していこう」


 リアム達にそう話しかけた男は一転重々しい声を出す。


「テオドール・ヨハネス・トレヴィラス。国王の謁見が終わり、全公爵達の都合がつき次第、今回の件、リアム達のリベルタ視察の件、ベルニカ公爵令嬢との婚約破棄の件について別室で王より裁定をくだす。なに、我々は君と違う。衆人環視の中、君やメッサーシュミット令嬢を辱めるようなこちらの品位まで落とす真似はしない。同席するのは関係する王族と全ての公爵。それだけだ」


 遠目から見れば、従兄弟同士の親しげな会話をしているように見える距離でエリアスに告げられ、テオドールはなす術もなく首を縦に振るしか出来なかった。


「呼ばれるまで、お前も束の間の自由を楽しむと良い。もちろん監視付きだが。キュステ公爵、公爵夫人、メッサーシュミット令嬢とは言葉を交わさないように」


 物腰だけは柔らかに、テオドールに聞こえる声は居丈高にそう言って、エリアスはリアムとリアムの妹レジーナと連れ立って会場の中心に歩いていく。

 その立ち姿は、自分にもこの間会ったオクシデンス商会の商会長にも似ていたが、王兄が男爵などに身をやつすことなどあり得ないだろう。

 なす術なく二人を見送ったテオドールはエミーリエや父に視線をやって、自分にフィリーベルグ公爵がついているように赤毛の給仕がついているのを確認し、肩を落とした。

 当然フィリーベルグ公爵に連れられ、別室に連れて行かれるまでの間の自由時間を楽しめるはずもなかった。

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